アカシックレコードについては
大それたこともない。
過去生とかも
どうでもいい。
過去生は
純粋に自分の魂が経験したことですらない。
いろいろ混ざり合ってる。
だってそこまでぱっきりくっきり
「自分」てない。
あると思ってるのも幻だし。
アカシックで未来を見ようとしたのは
不安だったから。
曼荼羅上の話だ。
未来なんてない。過去もない。
今しかない。
今に未来も過去もある。
つまり
今という意識全体の中にある。
今という『時間』ではない。
その中に
あるのは
全部
私で。
経験したいものを
全部経験してる私が
見える。
不安はどこから来たかって
今という意識の中にある
ゴミみたいなかけら。
あ、それがあったのね~と気付いて
ゴミを捨てればよかったんだけど
今までは
そのゴミを見つけると
すかさずそこにいって
ゴミに集中して
ゴミを見つめて
ゴミを解体して
ゴミから何かを見つけようとして…
ゴミがクローズアップされるだけだった。
今までの私の趣味ね、これ。
ゴミはいっぱいあるのですよ。
だから一個一個
こんなことして
私は楽しかったのだけど
まあ、いいやという気持ちになったので
やめただけなんだけど。
楽しいんだ、それも。
そういうゲームって楽しいじゃん。
でも
そのゴミをひとっつひとつ
拾っては見つめることが
なんかばかばかしくなる時もくる。
だってゲームだもんね。
そりゃそうだ。
で、私は今
ばかばかしくなっておかしくなっちゃって
笑えるんだけど。
だってさ~
ゴミを一掃する手段をすでに知ってるし
ゴミが入ってこないようにする手段すら知ってるんだよ。
はては
ゴミだらけでもいいかなって思えるんだよ。
ゴミを見つけて処分しようという気にもならないのだ。
「それでいい」って。
それでいいって
思えて
初めて
ゲームから抜ける。
ゴミはあることが悪しでない。
ゴミがないのが善しではない。
それを超えて、
ゲームから抜ける。
その時は
気持ちいし
なんだか笑える。
気持ち良い笑い。