たいしたことない | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

いままで

小賢しいこともしてきたし

一つ一つ
数万粒ある豆を一粒一粒
箸でつまんで皿から出すように

こころの
葛藤やわだかまりを
とるようなことをしてきたけど


そんな風に考えて
やってたのも
ゲームであり

そんな風なメソッドとかが
変だなと違和感に気付いていたけど

それでも
一つ一つ見たり
してたけど


ここにきて
違和感がとれて

私はそのゲームを楽しんだけど
もういいかなと思っていたことに気付いた。


そんなの意味があまりないなと。


意味がないって
いうのは…

ええと、言葉にしづらいけど
だってゲームの一つの在り方だから
大げさにしちゃ~~本末転倒だなってこと。


だって、プレイヤーは実は
パワフルな存在で
ゲーム自体を作ってる立場でもあるから。

ゲームに飽きたら
ゲーム辞められる。

いつでも。

で、ゲームの
強いアイテムとったり
自分のキャラのレベル上げとかに
執心してたのも
ゲームにはまっていただけの話で。


そのゲームは
実は飽きるまでやるように
自分で作ったゲームなんだけど。

自分がゲームの設計者って気付いて
その後どうするかは

その人次第だなと。

ゲームを楽しみ続けるならやっぱり
まだまだ!!!って
制限をまた設けて
達成感を高めるわけだし。


ゲームはやめて
ゲーム設計についてプレイヤーの人たちに
教え始める人もいるし

ゲーム自体から離れる人もいるし

ゲームを利用して
簡単にクリアできるプログラミングをする人もいるだろう。
それもゲームの中にとどまるけど。

どの人も
どのレベルでも
同じ。

どのようにしてても
みな同じ。

ただ、
力が入ってるか抜けているか。

自分の価値を知ってるか。知らないか。
自分の価値を知る人は他人も同等に価値を持っているので
比べない、判断もない、自分がたいしたことないと知ってる。


そう、みんなたいしたことない。
自分もみんなも。

と、同時に皆が素晴らしい。私も。


特別になろうと思った昔があるから
特別にならなくてもいいという今があり

最初っからそうだったら
意識的に体験できなかったし
それはそれで人間に生まれた意味もない。

人間は意識的に体験する生き物なんだから。

二元性を利用して感動するんだから。
そしてその二元を超越したところ
つまり
陰陽をすべてまとめて
常に見ることがいつもできている状態に入る。

それが、とても
心地よいのだ。

安心感と幸福感。

この状態が最高だなと思う。