私はたぶん
こうなる。
「やりたいこと」だけを
やるようになる。
「好きなこと」ではなく、「やりたいこと」
好きとか嫌いとかっていうのでなく。
好きなことっていうと違和感がある。
嫌悪感とは全く違う。
違和感だ。
好きなこととやりたいことはかぶることもあるが、かぶらないところもある。
体験したいことは
リアルに「好き」だと感じることだけじゃないから。
そうなるのが当然なのだ。
まだまだ仙人じゃない。
自分が自分の「価値観」を知ると
今の人生で何をするべきか、明確に自覚できるし、それしかやらなくなる…、と。
そのためには私はあらゆる雑音を一回すべて取らないとだめなんだろうな。
そういう性質だからね。取り入れてしまうから。
…それは違うだろってことにぶち当たる必要があることもある。
私は親に強く物言うことはオリンピックより少ない。というか、ほぼない。でも先週、珍しくいってしまった。これも布石。
雑音は、逆を言えば自分をコンフォートゾーンへ連れて行ってくれるのかも。
雑音が聞こえると、耳栓しようと思うから。個室に移ろうと思うから。
そうすれば自分の心と感性にフォーカスできる。
私は私しかわからんという結論になり、私を信じてる旦那や子供や友達やおじいさんたちを
大事にする気持ちもあわせて、ただ自分を信じる。それしかなくなる。
なんだかんだ書いたが、自分の心の整理ノート。
もちろん
これを文字にしてかいている今は
まだまだ道半ば。
このことはまだ体に落ちていない。
2015年の4月5日夜の9:30の時点ではね。
ただこれを描いたことすら
忘れるときが必ず来て
しかもそのときには
やりたいことしかしてないのだろう。
という、確信だけはめっちゃくちゃある。
なぜだか。理由はないけども。
最近思うのが
純度の高い石とそうでない石があるとして
そうでない石は
カリスマ性はないけど調和性があり
純度の高い石は周りと色がなじまないがカリスマ性がある。
生まれつきの個性はあるのだ。
純度が低い人は目立たないし、浮きたちもしない。
一生、同じかもしれない。でもその個性なのだ。満足なのだ。
そんなのその石自身じゃないと知る由もないが。
いろんな純度の石がある
いろんな色の石がある
いろんな硬さの石があることを知った。
もともとの組成は一生きっと変わらない。
その生き方をまっとうするのがいいのだね。
見合った生き方。
母の生き方。父の生き方。姉の生き方。旦那の生き方。義父の生き方、義母の生き方。
スターはいないよ。
誰も偏って輝かしい人生(長いスパンで)を送ってる人はいない。
でも
皆が満足しているように見えるな。
真の意味で輝かしいのは
瞬間だなあ。
瞬間であれば、、、私は毎日輝度MAXの瞬間を感じてる。
毎日、毎日、しかも何回も何回も。
ということは
あら?
今気づいたけど
今で最高だな。
あ~
息子が、家族がいて
私にとってこの人生で
それが体験したいことの大きなことだよな。
幸せは瞬間。
浸るのは記憶。