私には私の椅子がある。
世の中椅子取りゲームじゃない。
誰かと
同じ椅子を競いあうような世界ではないんだ。
だから
ほっつき歩いてても
何やってるかわからなくても
自分の椅子はちゃんと用意されている。
同じ競技をやってるアスリート同士でも
それぞれの椅子にしか
座れないのだ。
逆を言えば人の椅子には
どうやっても座れない。
自分の椅子がおしりのしたに一つ。
それだけだ。
前にもない。
だから
ほかの人の椅子を狙う
椅子取りゲームには参加してもしなくてもいいのだ。
そうやって錯覚することはゲームを楽しくするので
それはそれでいいのだけど。
でもそこで取れる椅子は
座れない椅子。
自分の椅子はひとつ。
そして、ただ一つの誰とも同じではない
その自分だから座れる椅子。
その自分を受け入れて
座れば
進む。
初めて
世界が
きれいに見える。