だから、そんなこと
私はしない。
苦労して
自分で「考えて」
そして整理したことしか伝えられないのだ。
そうでないと人に響くもんか。
感情を感情だけにとどめた体験や
「まあいいや」だけで流した体験
そんなのは
人に伝える体験にならない。
当たり前のことだ。
深みのある人は苦労している。
その苦労を真正面から受け止めている。
斜めの体勢で受け止めてない。
苦しんでいるのに
深みが感じられない人はだいたいにして
この「ななめ体勢」な人だ。
いつまでも
「被害者」だったり
「逃亡者」だったり
どうしても現実を受け止めきれない。
私は不器用だ。
だから真正面からそれに向き合えたこと
受け止めたことは
本当にありがたく思う。
受け止めなきゃ何も進まない。
逃げても、同じことが続く。
あたりまえのことだ。
人との違いで言えばそういうことになるが
私だってほかの人として生まれればその人のように生きる。
まるで同じせんたくをする。
だから、私が私であるゆえに
私はこの思考でこの感覚でこのせんたくをしている。
これを忘れてしまうことが
たまにあるが、これが自分と他者の区別ができないときだ。
我が事だととらえてしまうのだ。
人は人である。ただ自分の愛する人には
自分のように苦しんでほしくないので子供や友達には
どうしてもその人には必要ないことを言ったりすることもある。
でも我に返れば、子供も友達も家族も私じゃないのだ。
それはわかっているのだけどね。
結局それをさせるのは「自分の体験した苦しみ」をその愛する人に味わってほしくないという
エゴから発生する。
それを愛情とよぶ場合もあるが
本当の愛は、ただ信じることかもしれないが。子供はほっとけないわ。やっぱ。
その人の体験は奪えない。
私の体験が誰によっても奪われないように。
金と違う。
体験だけは奪えないのだ。搾取されれない。
あ、病気によっては奪われるかもね。
でも、体験は財産。
私は今その体験を伝えることと徐々に
ブログで始めてるけど…。
でも、だんだんと
本当にその必要があるか、考えてしまった。
みんな、自分の感覚に落とし込むから
結局伝わらないんじゃないかとか。
でも、伝わる人がいればいいかと
ちょっと
思って。
また描こうと思ったり。
でも最近仕事が本当に忙しくてかけない。寝てしまう。
ああ、テレビ見たら
室井ゆづきが…老けている。
みんなたるむんだなあ。
なんとかアンチエイジング私もガンバろうか。
なんてしめだこれ。