自分はケース仏教では自分の命は神からの預かりもの、と捉えるそうだ。でも私は命自体が預かり物だとは思わない。ただ、身体感覚的意識としての「人間」という入れ物が預かり物だというのにはしっくりくる。人間という入れ物に魂意識が入る。つまり人間は借り物である。そう思うとすごくしっくりきて今まで感じてきた違和感が嘘のようにとれて肩の力が抜けた。私は過剰に当事者になり過ぎていたのである…。これはどういう意味かというと次に続く