無視 | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

とはいっても私もイライラしているわけでもない。

思い出すとムカッとするが

あの言動も”老人”たちのバランスの一環なのかと思えば仕方ないと思う。

ただ
私が今ちょっと迷子なのだ。


だから軸を失っていたので
人の意見を取り入れてしまっただけなのだ。


私はずっと悩み、苦しみ、考え、感じながらここにいて
この選択をしているので

誰に何を言われても
「あなたはそう思うんですね。そうですか。でも私はそうじゃないんですよ。そういう気持ちもありますがいろいろ考えた末に、こういうことを優先した上でこうしているのです」

堂々としてりゃいいのだ。


いや、ちょっと前までしてたけど。

迷子だねえ。

去就の問題で引きずられた。


いろいろ考えがあり、そこに犠牲をもち苦しみもある人間に
意見すんじゃねえ。

と思ったのだ。
なんも考えてなきゃいいけどさあ。

あんたのことじゃないじゃん、って思う。

もちろん自分のことのように一緒に悩んでくれる人たちだから
そういうのだろうけどねえ。

わかるけど別よ!別!それは別の話よ。
もっと大人じゃなかったかしら?だいぶ弱って本性出てきたなあ。
でもそこたたいても仕方ないし…年寄りのたわごとと思えば。私も何のメリットないし…
飲み込んでおきゃいいかしらね。うん。

でも、団塊の世代の人の文化背景で
全部考えてもらうとだめだからさ。あるところで遠慮してもらうわ。本当。


思い出したらまたムカッとしちゃったわ。

まだ迷子だね。


こうやって書いてたら
落ち着くかしら。


そうそう。
私自身が何より
そうやって悩んで苦労してきた自分を
無視してたんだな。



自分の悩んできたこと
考えてきたこと
選択し続けてきたこと

全部
全部
苦しみながら
ちゃんと進んできた。

安易に決めてきたわけじゃない。
ちゃんと息子のこと家庭のこと自分のこと
全部考えて決めてきたのだ。

犠牲だってあった。
本当に苦しかった。
その自分を
ちゃんと認めないと次にいけないんだなと

気付いた今でした。