なんかの話を友達としていたときに
「子供の人生の障害になるほど
親として辛いことはない」
と言う言葉が自然と私の口から出ていた。
本当にそうだと思う。
もちろんそういう人生を否定している意味でここに書いていない。
そうではなく
親は辛い気持ちになるという話だ。
家の親も口に出さなくても
それをずっと下っ腹に抱えて生きてるかもしれない。
たまにそれを感じることがある。
でも、その時はお金がなく仕方なかったのは誰でもが理解できて明白なのだ。
そうだ。
私も責める気は全くないし、むしろ当然だが感謝してる。
もしそんな気持ちを持っているなら
早く親に捨ててほしい。
今はそう思ってる。
だけどそのためには自分の思ってる道を体現して見せたいなと思う。
でもふと思うんだよね。
祖父母はうちの父に一切それを思わなかったのかなあって。
地元に閉じ込めて、可能性をつぶして、それで辛くもなかったのかなあって。
祖母にそのような罪悪感の片りんを感じたことはないし
祖父にも感じたことがない。
彼らは
父に悪いことをしたとか一切なかったのかなあ。
「当然」「そういうものだ」と思ってその部分が自分たちに都合よく出来ちゃってたのかなあ。
そうやってつぶされた思いがあるから
父はそれを私たちに同じように与えたくないと思うのかな。
その祖父母の無神経さがなければ
父はその感性を持ち合わせなかったのかなあ。
世の中どうなっちゃってるのかなあ。
そして私も
子供の夢の邪魔や
普通の生活の邪魔をしたくないと思う。
例えば子供が成長期で青春真っ盛りの時に
私が精神病で目を離せないとか
重い病で手料理も作れず、果てには子どもに身の回りの世話してもらうとか
そんなのを避けたいのだ。
最終的にはその経験も
子供のためになるとかそんなのじゃなくて
これは、私の気持ちの話だから。
なんかな。
納得いかない事は沢山ある。
でも私は自分の子供に
負担を与えたくない。
でも
本当は
父もずっとそう思って生きていたんじゃないか。
「我慢しろ!」というその強い言葉の陰で
強く私たちを我慢させた分だけ、自分を責めていたのではないかと
今になり思う。
本当は好きなようにさせてあげたかった。
いろんなものを買ってあげたかった。
でもできなかった。
欲望は「わがまま」に変換して、抑えこんだ。
でもそのことで
いつまでも彼は自分をどこかで
責めているかもしれない。
何故なら彼は子を愛する普通の親だから。
私は親になり、今わかる。