「ありがとう」の不思議③ | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

まずは言葉だけで
かたちだけでもいい。


そんなことが
白々しいと思っていた。

ありがとう。

この言葉を
あなどっていたなと
私は今つくづく思う。



ありがとうって
本当に美しい言葉なのに。

私は自分が本当に
ありがたいと思って初めて口にしていたような気がする。

または
一般的にいろんな人に何かありがたいことをしていただいたときとかね。

それでいいじゃんって思うなかれ。



だって、そんなこと以上にこの言葉はつかえる言葉だったのだ…。


日常の感謝を伝える言葉にすぎないとおもうなかれ、ですよ。
(と過去の自分に言っている)


イラついたときも
「ありがとう」って言ってみよう
親が死んだときも
「ありがとう」って言ってみよう

そんな提案が本の中で
イスラエルのおばあさんからあった。

すると気持ちが不思議と切り替わり
いいことが起きる、と。



ええとね、
常用の方法でもね
私は、旦那にありがとうってあまり言わない。
言いたくないのだ。

これがまず
根本の問題なのだけどね。

でもいうよ。言ってるんだけど、あまりポンポン言わないってことなんだけど。

最近旦那が、何かをしてるアピールをしてくるようになったので
その都度ちゃんと「ありがとう」というようにしたのだ。
「ここ掃除したよ」→「ふうん、きれいになったね」とか形容するだけじゃなく
「ありがとう」と。

まずこれをした。
すると旦那が柔和な態度になり、あまり以前よりイラつかないような気がしてきた。
実際はどうなのか???


で、これをきっかけに
ありがとうって何か力があるのかと思った。

そこで、おばあさんが言ってるように
旦那がくだらない短気を起こし、それに対し私が最高潮に不愉快な時に
「ありがとう」って心で言ってみた。


するとどうでしょう。
嫌なのだけど、結構収まる。

ううむ。
いらいらしてる旦那を見ると
本当にこの世の地獄のように感じるのに

なぜだろう。そこまで地獄ではない。


変化はあった。

でもそれだけじゃなかった。

つづく