感性を磨き
個性を尖らせる。
人を傷つけるように尖らせるのではなく。
人の気持ちをひっかけるような
尖りが
人生を楽しんで生きるのに
私は必要かなって思う。
自分で思い起こして
ふふふと笑うような
感覚を持つというのか。
感性はそのままでは
ただのごみ山、じゃないけど
野草も花も雑草も枯葉枯れ木もあるぐちゃぐちゃな庭みたいなもので
それもそれで芸術性はあるかもしれないけど…。
でもやっぱり、自分の気持ちも人の気持ちも引っかからない。
感性は磨けば
尖り、光る。
何もない芝の庭に
大きなツツジの樹が一本だけあるような
そんな庭もいいかもしれない。
楽しいのは
尖りがある人生。
私はね。
何かの出来事があり楽しめる。変化を楽しめる。
多少の変化があり、
メリハリがあり
だからこそ、退屈せず生きることが出来る、という。
自分が退屈だときっと人生も退屈だ。
やっぱ何かをしないとな。
退屈はたまにはいいものだけど
私には向いてない。