責任とれる | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

DVを受けた子供が

「こんな親になりたくない!!!」と

強く思い過ぎ
その思いに執着しすぎるばかりに
自分もそうなってしまうのいうのはある話。

なぜそうなるのかというと

「こうなりたくない」と
その思いにとらわれることは

「こういう親になる自分」
「その自分自身を拒否する自分」が

同時存在する未来を期待しているからだ。




この原理に気付くと
周りに起こっていることが

全部自分の反応により
自分自身に全て結びついてることを知ることが出来る。


起きていることは
全部自分の責任だと

この世界(つまり自分)を
受け止めて初めて

この世界に責任を取って初めて
(しつこいね)


自分を生きることが出来る。



その選択肢を選ばずに
ミニマムにゲームを楽しむのも
やぶさかではないけども…。

ミニマムゲームは
人間だけのできるゲームだからね。
制限とか障害を自分で無意識に設け、楽しむゲームね。


だけど
もし、
責任を取ることが出来ない、のか

責任が取れるけど、しない、と
選択しているのかは

確実に自分で知っていたほうが
良いような気もする。


意識的か
無意識か。

それって雲泥の差。



実際は、出来ないのに
「意識を向けてやろうと思えば、いつでもできる」と思っている
状態もある。

まさに
夏休みの宿題のように・・・。



私は夏休みの宿題は初めの方にやっておくタイプだったかな。
苦痛だった記憶はないからな。会社に入っても提出物の速さはナンバー1だったな。
ギリギリでどうとかもないわ。


だから、これは人のタイプなのかもなあ。
私は
先にやっとくタイプ。

めんどうごとはね。

だから子供の時
あんなだったのかもなあ。

人間機能の低い子どもだった。