現実化とは小手先のモノである。
ミニマムな「遊び」に近いものだと思う。
私がこの週末にその疑問を持って過ごしていて
私には答えが出た。
ビジョンとともに。

こんな感じだった。
私たちは私たちの示す形に合わせた世の中の反応を受け取る。
つまり
私たちの反応が変われば
周りの世界も変わるのだ。
これは至極当然のこと。
私たちがとがれば、とがった形に合わせて世界が形を変える。
一番ビジョンに近い絵を探したけど
まあこんな感じかな。
変形すれば
接する面の形が変わる。
私たちの形は決まってない。
反応の形のいつでも変えられる。
だけど私たちの本質は変わらない。
言葉にするって難しいね。
感覚で相手に伝える方が楽だわ。
たとえば私が裕福になっても
私の形は変わらない。
事象そのものは形を変えない。
でも
私がその裕福になったことで
何かの反応を始めたら
周りの世界も変わるのだ。
全ては自分の在り方。
反応。
世界はそれだけなのだ。
ミニマムに見れば
現実は流動的に変化する。
それは間違いない
でもそれは小手先の遊びだ。
でも
マキシマムに見ると
なんら世界に変化はない。
ただ100匹目のサルの話は
ある意味理解できるのは
このエネルギーの集合体のるつぼの中で
ある一定のエネルギーたちが同じような動きをすると
そのエリアは
もしかしたら
同じような状態を全体的に示し始めるかもしれないということ。
私が世界であり
世界は私であるが
やはり私の中だけでも
同じことは言えると思う。
なんだかすごく
いろんなことを思い出す週末である。