ジャッジメントが無くなると
何が正しい、正しくないとか、まるでなくなり
「私って何がしたいんだろうな」「何を求めてるのかなあ」という感覚になった。
どうやらこのままいくと
存在危機が訪れるらしい。今がそうなのね。いわゆる。。。
人生を送るに当たり、意味があるのかないのか私は何ものでもない目的もない、的な。
でも今のそれを超えると
時間軸が今の一本ではなくなり、いくつもの転生を交差している感覚になって
そのすべてが統合している一つの点に集約されるという。
(今もこれは継続的じゃないけど、この感覚を得ることはある。)
そして、時間があるようなないような、空間があるようなないような、そんな場所に身をおくことになる、と。しかも肉体を持ちながらそれをする。
この感覚を得た状態を
肉体を持ちつつ、体験すること、観察することが
本質的にしたいこと、なんだと。
他人の言葉を借りて
こんなことを書いたけど
つまり私が今、他人の言葉を借りているということは
今の状態が
初めてで不安定だということなのですわ。
でも
苦も無く
自分に必要な情報があるところに すんなりとたどり着き
すっと自分の内部を認める手伝いをしてもらって
そして
今に至り…。
何事にも段階があるのだろうなあ。
時間軸が無くなり
あらゆる転生が統合していく感覚はたまに得るのだけど
明確に他の具体的転生を「今も」生きている感覚はまだ得られていない。
夢では結構あるけどねえ。
全ては同時進行。
時間なんてないのだ。