思いやり? | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

自分と人が切り分けられなかったとき


あらゆる物事を自分と重ねて考えた。

これは
全部自分という決着点なので

なんというか
恥ずかしい限りなのだけど


まあ抜けたかいいか。



うちの職場に
変なおじさんがいて、この人は全部自分のために、人を褒めたり
落としたりする人で…。

全部自分の都合なの。


私は最近被害が少ないけど目の前の新しい人は被害を受けている。


全部自分の過去をいやすためとか
自分を保つためとか
そんなので他人を落としたりあげたりが
見え見えすぎて

最初嫌だったけど
自分と共通する部分があるからこそだったんだね。


今はどうでもいい。
関係ないし
相手にするものでもない。向き合ってイライラするにも値しない。


全部自分がらみって
むなしいし
他人には見え見えでござる。


思いやりもそう。
純粋な思いやりと自分に重ねた、特に自分の過去、身内に重ねたものはまるっきり違う。
自分では見えづらいからね、そこんとこ。

そういう場合、結局他人のことなんてそのまま見てない。
ただの自慰行為みたいなもの。
押し付け。

結果、その人のためになればオッケーだけど
それもその人とは切り離されたもの。

全て違う。
同一化しては
世界がこんがらがるのだ。



そんなことでね
私が思うことがある。



世界が小さいうちは自分のことだけを考えてるときで
自分の処理がまだできてないとき。

他人を思いやってるようで
実は自分の過去をいやそうと必死だったり
相手の本当の想いや、個人を尊重してないとか。ありがちである。


私は上司として
10年近く部下を見てきたときいつも自分でこれが引っ掛かった。

つづく