「感覚」とは湧き上がるもの。
思考の流れから。または出来事、事象から。
湧き上がる。
思考は思考。
湧き上がった感覚が発端、かもしれないし
事象からかもしれないけど
とにかく、
執着して追い求めるもの。
思考した時点で「感覚」ではなくなる。別物だ。
純粋なものではなくなる。
それが悪いわけじゃないよ。
たとえば、お金がないと感じる。
そして欲しいと感じる。
これは思考じゃなくて感覚の段階。
で、ここからたいていの場合私は思考に入ってた。
つまり執着となる。
お金が欲しい。お金がなくてはならない。
お金がないとこうなる、ああなる。。。
想定し、そうなりたくないとかなんとか
稼がなきゃとか
そんなことを考えて不安をぬぐおうとしたわけだ。
これ、これが思考の産物。
感覚は「金が欲しい」
思考は「金がないと不安だー、金がないといけない!」
全然違う。
思考しなくても
安心していていいことに気付けば
全部手放して「なんとかなるさ」という
魔法の言葉ひとつで瞬間でぶっ飛ばせる。
それと同時に次の真っ新で新鮮な瞬間にシフトする。
これが今を生きることだなと
私なりにわかった。
つづく