本を読んでも
一回読んだら
もう要らない。
自分の感覚を呼び覚ますキッカケに過ぎないから。
他人のかいた本の内容を利用し
自分の感覚を肯定したり気付きを得たり。
その道具だから
それ以上じゃない。
それ以上に
その著者に依存するとか
その状態が
きっと
私が表現する
『宗教っぽい盲信状態』
というものかな?
自分の感覚があくまで基本。
外のものは道具にすぎない。
道具を
自分の感覚おいてけぼりにしてまでは
信じられない。
けど、
いままで
実際に違和感のある、なにかに執着して依存所属されてる方々はそういう状態だったなあ。
という私の記憶が作る感覚は
私のもの。
仕方ないね。
でも、その人たちも
種類が違うだけだなって
突き抜けた。