動物のように生きる② | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

なんかうれしくなってきたけど。






昨日の記憶も持たないで生きることが


もしかしたら人にもできるかもしれないね。






たとえば、不注意でストーブでやけどしたとして


その記憶は次の日には


無くなるとする。




でも、そのストーブでやけどしたとき


非常に嫌な思いが「潜在意識」にインプットされる。


条件とともに。






すると、出来事自体は忘れてはいるけど


後日、


ストーブをみるとなんだか嫌な思いになり


その一連の動きを再度することはない。




これが防衛本能。




で、これは動物にも人間にもあると思う。




これは本能だけでいいから。






で、で、ここからが人間との違いで


顕在意識が


何を人工的に作り上げちゃうかって話。




ここからが面白いんじゃないかな???




やけどしたこと。


痛い。怖い。




もう繰り返したくないという「恐れ」




そこから


いろんなことを考える。


もんもんする。


目の前にストーブがなくても、まだ起こってないことの再発を恐れたりする。




これは動物にはあんまりないんじゃないかな?(全部の動物じゃないけど)






で、なぜ、こんな風に顕在意識を持つ必要があるのかなあ????




本能だけに仕上げなかった理由がいろいろあるんじゃない?




性欲が高まったら誰とでもやってしまうという世界にならないのは


なぜなのかな



なぜ、やりたいのを我慢して、文学にしてしまったり芸術にする?

恋愛を文学に変えて楽しむのはなぜなのかな?




なんでこんな風に作ったのかな?


人間を。




不思議不思議。




おもしろい。