私って
何で心配ばかりするのか。
息子のことだけど。
またのどが痛いって。
舌も白いし溶連菌が再発したのかなと
またもや悶々と心配になる。
この「悶々と心配」手のがポイントで。
なったらなったでその時対応しよう、仕方ないもん。ってならない。
今から
未病のような状態から
もうすでに「悶々」
これは
完全に息子の問題じゃ~ない。
私の問題だ。
昔から心配事を
メモにまとめる癖があった。
気にかかることを箇条書きにして
紙に書いておく。
それは小学校からかなあ。
それを見た父は
「お前は心配することがないとダメなんだな」と
憎たらしいことを言った。
よく覚えてる。
好きで心配しているわけないでしょう?と反発した気持ちになったからこそ
覚えているのだ。
まあ、今思うと
その通りかな。
心配することで
私の保つバランスがある。
つまり心配という重みの反対側にも
「何か」あるのだ。
これは、なんだろう?
このブログを客観的に読んでいる人の方が知ってるかも。
私は気付かない。
だから何回も何十回も何十年も
心配する。
何か心配することがあることを
好むのだ。
なんでだろうなあ。
嫌だなあ。
何のバランスをとってるのかなあ。
久々に聞いてみようか。
やっとそんな気になったぞ。
自分の中に聞いてみる。