心配のバランス | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

私って

何で心配ばかりするのか。



息子のことだけど。


またのどが痛いって。

舌も白いし溶連菌が再発したのかなと

またもや悶々と心配になる。



この「悶々と心配」手のがポイントで。


なったらなったでその時対応しよう、仕方ないもん。ってならない。


今から

未病のような状態から

もうすでに「悶々」


これは

完全に息子の問題じゃ~ない。


私の問題だ。



昔から心配事を

メモにまとめる癖があった。


気にかかることを箇条書きにして

紙に書いておく。


それは小学校からかなあ。


それを見た父は

「お前は心配することがないとダメなんだな」と

憎たらしいことを言った。

よく覚えてる。


好きで心配しているわけないでしょう?と反発した気持ちになったからこそ

覚えているのだ。


まあ、今思うと

その通りかな。


心配することで

私の保つバランスがある。


つまり心配という重みの反対側にも

「何か」あるのだ。


これは、なんだろう?


このブログを客観的に読んでいる人の方が知ってるかも。

私は気付かない。



だから何回も何十回も何十年も

心配する。


何か心配することがあることを

好むのだ。


なんでだろうなあ。


嫌だなあ。


何のバランスをとってるのかなあ。

久々に聞いてみようか。


やっとそんな気になったぞ。

自分の中に聞いてみる。