バランスをとる | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

その場その場


その場所に入ると

その人はバランスをとろうとする。



バランス。



たとえば

飲み会で

先に酔っぱらってる人がいると

自分は冷静になり

バランスをとる。


たとえば

子供が騒ぐと

自分は冷静になり静かに諭す。



しかしこのバランスのとり方はそれぞれ。



たとえば

飲み会で先に酔っぱらってる人がいると

自分も負けじと酔っぱらう。


たとえば

子供が騒いでいると

子供に負けないくらいの声で

子供に怒鳴り散らす。


こんなバランスのとり方がある。



大体の「おとな」と言われる人が

前者のバランスのとり方をする。


私はイライラしやすい義父を調整するために

先にイライラするという手法を使うことを

旦那にお勧めしたことがある。

まあ、

つまり、食事が出てくるのが遅いとか

前の車が遅いとか

そういうことを先に私らが「なんで、こんなに遅いか」とイライラ先にすると

義父は面白いくらい「まあ、あせらんでも」みたいに言う。


しかし、これをしない場合

義父は「おそいな」と騒ぎ出す。

そして義母にセーブされる。



これを避けるために前者のパターンを使うことが

「意図的」にあった。


人がバランスをとろうとする本能。

これを利用した。

義母のためなんだけどね~~。


このバランス機能により

人は状況にセーブされることがある。


けど、

カリスマ的な人って

バランスとられる側になる。


無条件に。


もちろんカリスマなひとも

バランスをとる機能は持ってるけど

敢えてそれをしなくても

その場にいるだけで存在感があり

パワーに満ち溢れるので、周りの人間の方が合わせる。


バランスは

周りが取る。

その人は取らない。


そんな風だと思う。


つづく