今日、通勤途中で
学生をみた。
思い出したのは
学生の時から結婚するまで
私はお金の面で
困ったことはないということ。
いつでも
稼いでいた。
スナック、バンケット、ウエイトレス、塾講師、販売員。
そして、いつでも
たくさんすぎないけど
お金はあった。
お金の不安なんて
少しもなかった。
でも、
何十万のブランドバッグを買うような感覚はなかった。
海外旅行をしょっちゅうする感覚もなかった。
要はそれは求めてなかった。
必要でほしいと思ったものを買う。
刺激を買う。
それだけだ。
それで金がなくなる!と困ったことはない。
どんな時でもあった。
いつのころからか金の感覚が変わった。
なぜか?
家族がいるから。
息子の将来があるから。
~~~べき。が増えた。
子供の将来にかけて
貯金すべき。
家族のために、我慢すべき。
べきべき。
そんなのが入って
私の感覚がけがれたのかもしれない。
旦那が外車を買うとき
これを感じたのだ。
べきべき。
なのに。
この感覚ってなに?
もちろん「安心して」生きるために必要なのかもね。
だけどお金が一気に吹っ飛ぶような震災があったら?オールゼロ。
何のためにもならずリセット。
そんなものじゃないか?
べき、に縛られるのは
自分の自由なんだな。