親に感謝? | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

ふっと思った。


よく、子供ができると親のありがたみがわかって感謝するとか

そんなのあるけど


私は全然ピンとこない。


なぜだろう?


だいたいにして

私は子供に感謝されたいとも思っていないけども。


まあ、されたら御の字だけど期待するものではないと思っている。


感謝はさせるものでなく

されるもの。



で、私は感謝しているけど

でも、全然ピンとこない。



親は私を作り

作ったからには育て

そして教育に送り出し、

そして就職まで見守った。


でも、

なんだろうか?


もちろん恨みもない。でも同時に感謝もそこまでない。


だって自分らが作ったんだから

それなりに責任あるしな、と。


そんな風に思う私には

どこかに問題があるのだろうか?



なんて

また問題視。


まあ、自然とする日が来るかなあ??



でもね。


本当に自分の子にもそう思ってるのだ。


私は一生懸命あいつを育てているけど

感謝されるために育てていない。


私の生きがいであるので、

それは

感謝されたらおまけだし、全く期待していない。



だからなのかな?



できちゃった~

だから育てる。うわー大変。やりたくない。

でもやらなきゃって


そんな風に育ててない。




なんていうのか。

きれいごとじゃなくて

欲しくて作って

腰据えてる。


そのせいか?



想像力をどんなに働かせても

当然とは言わないけど

まあ、頑張ってくれてありがとうだけど

でも

無理してくれたのねとか

それはあくまで

子供のためとはいえ

ひいては自分自身の心の中の感情のためといえるし

だから

なんていうか



ピンとこないんです。



私が変なのかもね。

だいたい昔から変だもんね。


でも

そうなの。


結婚式の時も

感謝の手紙書いたけど

チョー感謝ってのじゃない。


まあ、そういう人がいてもいいか。


でも、一番避けたいのは

親が死ぬ間際に気付くことだ。

大事なことに。


それがやだから

ちょっと考えた。


もっと先に気付くべきことがあるのではないかと。

まあ、あるんだろうな。