記憶の飴 | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

記憶の中の感情という飴を
いつまでも
求めて生きるのは止めた。



その飴を避けることも
求めることと
同じ力がかかる。


飴を「選ぶ 」
ということでは同じ集中力を使う。
だから、拾うも拾わないようにする、も、同じ力のかかりかただから

拾うとか捨てるとか
行為自体なんて
意識上では全く、区別が無いのだ。
フォーカスしたかしないか、それだけ。
自分で、書きつつ、超納得。


わかりきったことだけど、
そうだ。



もう、記憶の飴は
アミューズメントくらいで
結構どす。