ヒューマンデザイン | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

昨日、友達から

「ヒューマンデザイン」というもの、


私の生まれた日と時間から割り出された

私のデータっを見てもらった。


設計図っていうようなものかな?



つまりデータ。事象です。

データは面白い。


友達にはとても励まされた。




事象と感覚は別物であるのは、確かなこと。


そして


私は今まで別に書かなかったけど

事象と

感覚の間には


当然ながら、自分という個性の「フィルター」がある。


事象をどういう風に自分に取り入れるか、という

ルートみたいなものか。


同じ事象に向き合っても

個人個人、感じることは違うということだ。



そして

彼女曰く、私の前職は、非常に私に合っているということだった。


今までも

たくさんの人に

前職があってると言われていた。


そのたびに「いや、それはないでしょう」と思っていた。


私は今客観的に

「まあ、合わなくはないな」と思う。


でも私は

あの仕事を辞めたかった。

嫌だった。

これは感情。

感覚。


どんなにあっていても、感覚は嫌だというなら、それはそう。


あと、私は辞めて

「心からホントに良かった」と思っている。

すごく解放された。


このように

一方で見て、事象的に「貴方に合っている」と

言われる仕事だからと

誰かに言われたからと言って、または実証されたからと言っても

自分の辞めたい気持ちを

否定することはないんだなと

そう、改めて思う。


私は前の仕事の時、

さんざん、今の仕事向いてると言われ続けてきたけども。

そのたびに、「何にもわかってないねえ、この人」と思った。(すみません、数々の人たちよ)


私の感情なんてその人は見てないから当然なのだ。

合ってるんだもん。たいがい。私は。


合ってるかじゃなくて

自分の感覚をはなっから大事にすりゃいいのよ。



でも昨日の友達の話は

事象として全部聞くことができた。


そして心はだいぶ

落ち着いた。



ヒューマンデザインって

かなり複雑多岐に人を見れるので

無意識を意識に持ち込もうとしている人にはすごくいいかもね。


私も本持ってるけど、ほとんど読んでない。

でもあれってちゃんと学んでないと読み取りきれないかも。



やっぱ、専門の人がいいね。

友達には感謝!