息子の咳、昨日ひどくて
彼の咳が止まらない様子を見ては
胸をザワザワさせて
不安になっていた私。
ふと気づく。
あら?
もしかして
この不安感。
私の母親や父親が持っていたものかもしれない、と。
子供を持って初めて
わかることがある。
というのは
こういう投影からなのではないだろうか?
私は幼い時
外で誰とも話せなかった。
仲のいい友達もとくにいなくて
体も小さくて
細くて黒くて
親も貧乏で、センスがないからいまいちな服着て
そんな感じだった。
外でしゃべらない私を心配していたのは
間違いない。
気楽に構えていたように
仮に見えたとしても
でも
親であればね。
「自分たちの育て方が悪いんじゃないか?」
「自分たち親の影響じゃないか?」
「自分たちのDNAが悪いんじゃないか?」
それは必ず思うこと。
本当に。
子供がスムーズな人生を歩んでいなければ
まず自分を責める
そして
不安になる。
それが親だ。
母親はいつも怒っていた。
彼女の不安は
子供の時わからなかったけど
今ならわかる。
いつでも彼女は自分が責められているような気になって
怒っていたのだ。
そして父親。
寡黙であり、抑圧の塊。
感じていることすら
自分で封じているんじゃないかと思う。
自分で自分の感覚すら知らないんじゃないかな?
でも彼も不安だったかも。
だって押し付けがひどくて
決めつけもひどかった。
相手の意見を聞いたり
柔軟に変化する状況を受け入れることは
彼にとって彼自身を脅かす脅威だからだ。
簡単なことだ。
今考えれば、簡単に理解できる。
不安な夫婦に育てられた。
不安な子供が育った。
本当にその通り。
私の子供、筒になっている滑り台が怖くて滑れない。
それは
2歳くらいの時
私の父が、その滑り台に放り込んだからだ。
息子はそれがトラウマになって滑れないんだ。
父はそれを今でも過剰に気にしていて
「なんだ、男らしくねえなあ」とかなんとか口では言っているけど
反省して気にしていることが
アリアリ、分かる。しかもずっと会うたび気にしている。
自分の失敗、気にしすぎ。
私ももう、どうでもいいと思ってるのに。
さらに会社の飲み会などでは空気が読めす、後輩に説教して
場をしらけさせたり
そしてそれを感じて、あとから「俺は空気が読めない」と
自分のブログの中で書いてひそかに反省し続けている面も持つ。
そんな父だ。
失敗したら、過剰にくよくよするんだ。
自分が予期しない
失敗を犯す人間だと、自分を信頼すらしてない。
確かに、そういう人だし
寺に予約とらないでお経あげてくれと突然行くような
常識もいまいち知らない
そんな父だ。
彼は
それを自覚するたびに
自分をダメだと
そう思っているかもしれない。
そんな彼が
私が子供の時
なぜ不安じゃなかったと言えるのだろう。
つづく