なんでも
あたりまえになってきたので
ああ、そういうことかと
なんだか腑に落ちた。
あたりまえ
私にとって
試験に受かることや面接に受かることは
「あたりまえ」
なのだ。
その試験を受けた後に
あまりにできなくて
泣いていたと
そういってた人がいたけど
その人受かってた。
すごくうれしそうだった。
よかったなあと思った。
でも私は
その試験は受かって当たり前だった。
だから
100点じゃなかったことがちょっとだけ悔しかった。
その試験の2週間前くらいから、毎日毎日学校の後に
ほぼクラス全員が1時間以上の補習を頑張って受けていた。
私ともう一人の人はさっさと帰って補習も受けなかった。
でも補習を受けない私は100%に近い正解率で
クラスで一番の成績だった。
でも
あたりまえなのだ。
それがすごいとも
思わない。
これが当たり前の世界。
つまり
どの感覚も
自分のものにすれば
そうなるってことであり。
分離感を持って達成感をつかもうとするなら
やっぱり
それが楽しいのかもしれない
ゲーム!だから。
ゲームにもならんことが
「あたりまえ」。
ゲームにしてるひとがいて
初めて気付く。
おお、これも
ちがうひとにとってはゲームなのだ。と
そして私は何を今度は
当たり前にしようかって
そう思うのがゲーム。
あはは
そう、つまり
現実創造ゲーム。
しかも、かなり
力が抜けてる。
ゲームなのに。
力まず。
なんにしても
力まずに自分に自信を持っていられるってのは
最高の感覚だ。
この当たり前感覚。
とても
私のゲームに大切な感覚。
当たり前に達成後、
改めて、ふっと振りかえって
にやっとするのが趣味なのかもな。