やる気の起きること | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

興味がわかないと

それにかかわる気がしないよね。


結局それが基本なんだよね。



興味がわく。



私は人間に興味が深い。

とても。


人好きとかでもないし

誰彼かまわず話しかけて友達になるのが好きでもない。


なんでかって

わたしってまじめすぎるから

知り合った相手に誠実になりすぎて疲れてしまうからだ。

だから、相手は不特定多数でなしに

特定の相手でないと、自分を失いやすい。


依存症の人にひっかかってしまうこともよくあったよ。

過去に。


でも人には興味が深い。

1人をとことん研究したい。

そして次、次、次。


基本的に一人の中に真実のすべてがあるし

宇宙のすべてがあるわけだから一人でもいいんだけどね。


つまり、私自身1人だけで

かなり人間のことがわかるけど

私の持ってない角度での物質というか

そういうのを持ってる人がいると

とっても興味がわくのだ。


へえええええ!!!って。



そういう人の生い立ちの本とか

めっちゃ読みたいと思うし

話を聞きたい。

その衝動は抑えられない。


つまり

その人の表面をみたらバックグラウンドを知りたくなる。


特に特異で派手な人生を送ってる人には

その裏に同じくらいの大きさの特異な地味さがある。


とか。


だから知りたくなるのだ。

その人のバランスのもう一方を。


そして知ると

嬉しくなる。


へえ。

人間っておもしろいし、とても悪くない。

いいね。

いい生き物だって。



そんなこんなで

私が興味がわくのは人間そのもののようです。



でも入れ込み過ぎるね。たまに。


それにしても

統合失調症の人の本読んだけどねえ。

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)/新潮社
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うん。


周りの世界に起こることが

全部自分に関係あって

読んだ新聞のが自分への暗号とかメッセージだと思い込んだり

自分の心の声を

他人の声に感じたりとかね

するみたいだね。


ああ、スピリチュアル系と紙一重なのねと。

「シンクロシンクロ!全部つながってる」というのとか

「○○神のメッセージが」とか


まあ似たように感じる人も多いのかもしれない、とふと思った。



ひとつ

きっと違うのは


他者が分離してることだね。

この患者がスピリチュアルをきわめたもんとちがうのはさ。



他者が分離ってのはつまり

自分の中の負の声を

他者に振り分けて聞くということは

被害者の人生を送っている証拠であり

被害者であるということは

人生の主人公ではなく

何かに翻弄されて自分の意志ではどうにもならない

世の中に生きてるってことであり。


書いてることわかるかな。いや。どうか。


きわめたもんは

その「他者」という幻想がないので

そうはならんということ。



他者が自分に危害を与えるものとそう設定してる限りは

まああり得るけどさ。


まー

脱線したけど

そう思ったよ。


紙一重。


分離感を持ったまま

目覚めると

あんなかんじかしら?


薬とかやると

そういう感じかね?


自分の中のものをみるんだから

その時点で自分のありようがそれならしかたねー


自分自身しかこの世には映らないんだもんね。

病気であろうと

健康であろうとさ。

みるものは自分。

ああ、長いね。