1ヶ月くらい前に
不思議なことがあった
あ、なんか会津のあの去年行ったラーメン屋のラーメンが食べたい…
ふと思った
その後
帰宅した旦那
「ああ~坂内食堂のラーメンが食べたいな」
だって
そこだって
そこのラーメンのことだってば
恐るべき
一体化
だってさ
一年以上前に行ったラーメン屋の名前が
出るか?
普通
同じ日に。
私は目を真ん丸にして
旦那に言ったわ
「そのラーメンのこと、私も偶然今日考えて食べたいと思ってたんだよ!!」って
旦那も「すげえなあ」と言ってた
そんなことがあるのだ
ところで
おととい
友達と食事をしていて飲み物に悩んだ
ビールはおなかがいっぱいだし
ワインはちょっとな、というとき
頭にトマトの酒が浮かんだのだ
赤い
で、レッドアイの名前こそ忘れたが、
私は飲まない。通常。
旦那が飲むけどね
で、なぜか注文した。
友達はそのときブラッディメアリーを頼もうとしていたらしい
うーん
どう考えても
これはもらっちゃってるね
私は
だいたい前述のラーメンにしても
レッドアイにしても
私の好みでない
あっさりした喜多方ラーメンより味噌のコクのあるラーメンが好き
レッドアイなんてここ20年で2~3回くらいしか頼んだことないだろう
というか覚えてない
好みでもないものを
食べたくなることってあるのね
私は
ミディアムシップでもそうだけど
自分に入れて
自分の感覚にするタイプなんだ
何回も書いてるけど
だから相手の感覚は
自分の感覚として
認知する
不思議だ
でも
だからこそ
モチベーションがぐんぐん上がって
行動的になるときって
そういう人が周りにいる時だ
それがいいとは言わないし
悪いとも言わない
自分自身の感覚からずれたことをすると
苦痛を伴うので
その時その気でも
後から苦痛になりストレスになるタイプだ
だから
ちゃんと自分の感覚を選別しないと
こまったもんだね
でも
そんな私だからできることもあるのだろう
相手の感覚を知るのは容易なことだしね
どんな人でも
女優ってさ
多分こういう要素あるんじゃない?
高次元の宇宙では
みんなが女優俳優で
何かに「なりきって」そのものになって「遊ぶ」とも聞いたことがある
人間はみな役者
なりきることで
本当にそうなる
その感覚も得るし
その状況すら得る
この世界も一緒で
私もそういうことがうまいといえばうまい
が、モチベーションがない
今はない
なりたい人がいない
こうなりたいという人が身近にいないから
なかなか
刺激もない
自分で選んだのだけどねえ
素敵な人ってどこにいる?
素敵な人っていっぱいいるよね
でも
私が目標とする
外見がきれいで
聡明で
経験豊かで
信頼できて
人を思いやれて
結婚と
子育ての経験をしていて
力も抜けている
自然な人
で、
仕事もできて(バリバリでなくても)経済的余裕のある人
って
いない
ここが地方だからか
いや違う
私が
ただ見てないだけ
いるんだけど
見てないし
いるとこにもいかない
つまり
本当には今は見なくてもいいと思ってる
まあモデルがいつでも必要かってそういうわけでもないし
今が最高と思えればそれにこしたこともない
でも今で
満足はできない
あのヒューマンデザインの本に書いてあったが
私は仕事でしか生き甲斐がみつけられない、みたいなこと
なんか
えーと
やっぱりそう?
とか思う
子育ては大好きだけど
やっぱりそれだけで存在証明は
したくないの
そうなのだ
誰かになりきると
その感覚を得る
なりきりたい人に会い
イメージし
そのようにふるまう
するとそうなる
当たり前のことだけど
なりきりたい人を明確に
より具体的にイメージできなきゃ
そうはならんよね