義母 | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

結局

義理の母は

心からくる病ということで


まさか自分がそうなるとは思わなかったそうだ


昨日

自宅に夕飯食べに行ったとき

「こんなに吞んだの一年ぶりくらいだよ」

なんて

モエシャンドンを一緒に飲んだ


旦那が残業で遅いのをいいことに

あいつがいるとできない女性同士の話をした



そして初めて義母は

私にいった



私の息子をこの3月まで

保育園のお迎えから夕飯まで面倒見てくれていた義母

保育園が閉園のために、息子は私のうちの方の近くの保育園に転園となった


そして4月から

夕方に孫が来なくなり

義父が毎日うちにいるようになった


この環境の変化


とくに、孫がこなくなるんだ

春から、お世話できなくなるという

そのことを思うたびに昨年から胸がぎゅーっと痛み始めたそうだ


そう

きっかけは

義父でなしに孫でした


私には言えないよね

なんとなくさ

だって私だったら言えないもん

執着してる、依存している

不安の原因はそれだもの


愛じゃない


だから言えない


で、彼女もそういう性格だからもちろん自分でその思いを処理していた

もちろん義父のことも不安要素である


変化ってのは人に影響を与える

これは

すごく頼られてたのに

突然頼られなくなったりすることとか

そういうことだと

ネガティブに影響が出やすいものだ


しかも

孫は超かわいい存在のため

なお、いっそう反応が強いわけで


彼女は初めてそのことを口にして私に言った

「そうだったんさー」って


私もフラットに聞いた

私は関係ない話だ

親愛なる義母が、そういうことを言えてよかった

何か一つ乗り越えてよかった

そう思って話を聞いた


私もそれを聞いて自分を責めることもないし

それで上出来だった


まあ

私も気付いてた

そのこと

でも口にはしなかった


お義母さんの性格も知ってるからダメージも深かろうと思った

けど

仕事してると、目の前のことばっかりでそんな義母の気持ちなんてわからなくなってたよ


義父はマイペースなのでそのへん

絶対病まない


義母は依存されるし

依存しまいと思ってるらしいが

依存もする


依存される人って

結局依存するひとなのかもしれん


でも自分で自覚しているからそれも言えない


せつない


そこで私が昔義母に言われた

何気ないひとことが顔を出す

「まずひとり、まずひとり」



世話してもらったことにありがたさを感じているが同時に

あなたが望んだんだから面倒見るのは当たり前かもね、とも思っていた

孫はグッズじゃねえぞ!


今は

面倒見てもらうのが悪いな、と思ったりするが


そんな機会もなくなったけどね



まあ思わぬとこで

まだ根に持ってる自分にも気付いたが(笑)

ふふふ


自分にできねえもんを他人に望むんじゃねーぞ

そんなの人間しかしないぞ

孫が欲しいなんて


自分の老いとか死への恐怖を孫に向けるな

子供に期待すんな

解決策はあんたらの中にある


そういってやりたいね

孫を望むじーさんばーさんに


絶対ね

自分が老いとか死を感じると

孫が欲しくなるんだよ

だから私にはわからん感覚だよね

まだそうなってないからね


義母がこころの病気になったとき

やはり「これからは死を待つだけの人生なのか」、と

そう思ったそうだ

夕方に孫がいなくなっただけでね


未来を想像したのだろう

私みたいに

色のない、くすんだ未来を


でも今は

「毎日を一日一日楽しく生きる」ということを心がけているそう


こう思うと

義父みたいなマイペース型の

「なにそんなこと考えてるの?」みたいな悩みのないタイプの人が

伴侶で本当に義母にはよかったのかも


義父が邪魔ものみたいで

義母の障害になってるように感じたけど

でも

義父がいるから

楽天的になれるのかも



自分の知ってると思い込んでた世界にも

まだ未知のいろんな側面があるんだね