願望なんて
結局は自分の視界の範囲でしか発想がない
そして
わくわくすることや
こうなりたいと思えることは
限られている
つまり
もうすでに筋書きがあって
それに沿うように
人は生きているのだ
願望達成なんて
遊びだ
もちろん
今まで
私もしてきたけど
あれは
あってもなくても
誰でも同じ
願望達成力が強かろうが弱かろうが
もう決まった人生なのだ
どこまでがどうなのだろうと
私は最近まであがいてきたけど
結局
「なるようになる」
これに尽きるけど
意志の力で
状況の変化を早めたり、とか
この早める基準の「普通の早さ」自体が存在しないことから
まあ
ファンタジー全開で
人は生きていくってことで
それもいいのかもしれない
ああ意味不明の文をまた書いたけど
自分にだけわかってるわい
なんでも一緒
遠回りしても一緒
近道しても一緒
だってもともと
そうやっていくこと
決まっていたんだもん
良し悪しはそこにない
すでに撮られた人生のフィルムの中を生きるのだ
私たちはみんなが自分の映画の主人公でもあるが
ただの観客でもある
なんか
拍子抜けするけど
でも
自分を責めなくていいって
とても楽じゃない?
本当に
だって
こうなるはずだった
とか
こうすべきだった
とか
そういうの
一切ないんだよ
それが人生なのかも
ずっとプロデビューを夢見て
ワクワクしてバンド活動しかしてこなかったような
おっさん軍団が
ずっとデビューできないとしても
そういうシナリオなのだ
デビューの夢にワクワクしても
達成しないこともある
変だけど
デビューを夢見ながら生きる人生だって
デビューすることにワクワクするのだ
デビューすること自体が人生じゃない
人生の目標がプロデビューじゃない
たぶん、ただ
その場その場を生きることが
目的なのだ
すると落ち着くことがある
すると興奮することがある
すると安心することがある
すると喜びを覚える何かがある
それって気持ちが向くことだ
その向いていることって
誰でもそこに向くことじゃないのだ
あなただから
私だから
そこに気が向くのだ
結局それが自分の人生のシナリオに沿うものなのだ
シナリオに沿うから
反応する
ただそれだけ
私は
落ち着けば
自分の人生やその先が
見える気がした
ああ、誰でも感じられるのだ
何歳に死ぬとかわからんけど
結局人って
リアルにイメージできるところにまで行く
だってリアルにイメージできるところが
自分の人生のシナリオだから