にんげん | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

人間って
ある程度
「やるべきこと」とか
「ちょっとした悩み」とかがないと

逆に
活性化して
生きられないものなんだなあと

最近
つくづく思う

老人たちは
暇だから
チラシをみて
安いものをいかに手に入れるかとか
いかに得するかとか
ポイントカードをいかに活用するかとか
そんなことに力を入れたりする


それが
彼らのゲーム

ひまだとね
そんなことをする


それなりのゲームを探すのだ

病気になるのもそう

暇だから病気になるってのはある
「体調不良ゲーム」ってやつ


暇だと
やることないから
体調を壊してみて
マイナスしてみて
またそこから回復するゲームを楽しみ始めたりもする

仕事しているときは
病気なんてしなかったのにさ、辞めたらかぜをひきやすくなった!とかいうのもそれかも

パチンコもそうね

マイナスを作ってまた埋める

ジグソーパズルを作っては壊すような
そんなゲーム

土台を壊して
土台を埋める


でも
「目指すもの」「こうなったらおもしろいってビジョン」を持っているひとは

土台を壊すゲームなんてしない

そんな暇がないから

土台の上に塔を建てるような
楽しいわくわくモード

大変でも、実質「大変」とは思ってない
やりたくないことをやっている「大変」と
やりたいことをやっている「大変」は
おおおおおおおきく違う
というか
全く違う


あと介護とか育児とか

それも
体験したいから
するものだ

とくに
じーさんばーさんの
とくに
性格が悪い他人の親の
介護なんて
したくないって人も多いだろう

でも
そうなったなら
その要因がある

やりたかったんだ

自分が体験したかったんだと
腹をくくり
チャンスだと
ゲームだと
そう思ってやる

そこには
ワクワクもないだろうし
楽しいだけじゃないだろうけど
くさいし汚いし理解不能だし気が狂いそうになるかも

でも
人間は老いて死ぬ生き物だということを
しっかり知ることができる

決して若いままではいられないということを
知る

ボケたり、もらしたり、くさくなったりする
頑固になったり、めんどくさがりになったりする
動くこともすくなくなる

そして
介護する立場の自分はこうなるまいとか
自分は年取ったらこうしようとか
たくさんのことを重ね合わせて考えるだろう


実際
義母は義父の両親、どっちもボケて
どっちも癌で
どっちも介護した

大変だったのは2年くらいだったのかな?

でも
その前には義母に意地悪されていた


複雑な気持ちだったろう

でも
たかが70代で
ボケてウンチもらすような
そんな義両親を見ていて

自分はこうなるまい!!と
強く誓ったのは
良くわかる
健康対策がすごいもん…

運動も欠かさないし
すごく力み入ってる

義父がやっぱりボケそうだよね…
あんまり友達いないし
奥さんが好きだからねえ
仕事一筋でプライドかけてやってたからねえ
次長にまでなってるからそりゃそうか

趣味が釣りってので
一応あるけど能動的に自分からどこかにいこうってのがないらしいからねえ

うん
近所付き合いも嫌いだし
危ないねえ
ボケ対策、大事ですね、本当に。


でもさ
ボケても、あっちこちボロボロでもなんでも
やっぱり、人間なんだと
知ったとき
きっと

なんか大きな気づきがあるんじゃないかな