私は
共感することで
自分自身のエネルギーが
内側から失われる
自分でいるためには
共感をしないこと
それが大切
それでいて
共感は
大事なこと
でも
必ずしも
必要なのか
共感できる人は
親しみやすい
でも私
共感することを課題として
生きてきた
だって
誰の気持ちも
注意したり
意図しなければ
理解できなかったから
それほど
感覚が離れているものもある
だけど
そうすればするほどに
自分自身から
力が奪われ
自分自身であることに誇りももてなくなっていた
私は
私であるとき
それを自分自身で許していて
誇りを持っているとき
一番輝ける
一番私らしくあり
一番人にやさしくできる
だってひずみがない
自分に誰も重ね合わせない
だけど
もてる愛はにごりない本物
だから
共感することを商売にする仕事をしていたこと
とっても
いい勉強になったし
自分自身の感覚も大いに拡大された
きっとこれが目的だったんだ
感覚の拡大
他人の感覚を知ることが楽しくて
共感を趣味にしていた時代があった
それは
資料集めにも似ていた
客観的なものを身に着けるには
最高最適な職場だったな
でももう共感しなくてもいい仕事をしたい
私の内側に力をとどめて
そのもので受け入れてもらいたい
つまり
接客なんて
できるけど
どの人にも合わせたくもない
これは
今の仕事の反動
人間は
反動で生きていく動物だ
反動と直感
私がコミュニケーション障害を持って生まれたから
反動でこの仕事に
その反動で
また自分に帰る
そして
かなり勉強したから自信もあるよ
人間に対することには
自信ある
だから
以前の私とも全然違う
他人の感覚を借りず
自分のまま、楽しいことしたいな