結局、ひとは
「そうじゃないとき」を利用して
「そういうとき」を楽しむ生き物だ
雨の日があるから
晴れの日を楽しむし
晴れの日があるから
雨の日を楽しむ
二元性なんていらないと思ったけど
どっちの存在も大事だし
どういうときも大事で
どういうときも
「捉え方次第」なわけで
いつでも
どのときの犠牲ではない
いつでも大事なときで
大事なものだ
特に
状況にネガティブな意味をつけやすいときに
そのことを思い出せると
どうでもよくなる
私は楽しみにきた
コミュニケーション障害を抱えて生まれたからこそ
コミュニケーションが大事な仕事についたし
男子に「気持ち悪い」といわれたから
男の心をつかむコツまで得た
でもそれは遊びだ
遊びはいつでも やめてもいい
また
うまく行かないことを探して
うまく行かせる喜びを知ろうか
私の習性だよ
まずうまく行かない、恥すらかくこともある
でも
努力する
すると
相手に一目も二目もおかれるほどになる
いつものパターン
これを繰り返しながら生きるのだ
私はきっと
だって楽しいし
快感だもん
その尊敬されたときや
一目置かれたときなんて
「あの、バカにされていた私が?」という
違和感と
感動
私もできた
私にもできる!という
そんな風に生きてきた
パチンコでも
あんまりすぐ当たり過ぎると
おもしろくなくて
逆に突っ込むもんねえ
私はパチンコで人生を学べると思う
なんででも学べるけどさ
パチンコって人間の感情が絡んでわかりやすいよねえ