夢がどうだとか
目標がどうだとか
持たないとダメ
あきらめちゃダメとか
もうそんなアホなことには不感症の私だけど
ちょっとひっかかったので書いとく
「何をゲームにして生きるか」が
その人の人生の楽しみだ
それだけだ!!!!!
世に認められたい人が
世に出ようとするだけ
世に出たくない人は世に出ない
他人より秀でようとする意図のある人が
わかりやすい形で秀でるだけ
そこがわからんとおかしくなる
ただの色付けに力をかけすぎるような
世の中を作ることには
反対だーーーー
子供たちが夢を持てるならそれでいい
楽しいゲームを見つけられる世の中ならそれでいい
私が楽しいと感じる世の中ならそれでいい
夢ってのは
可能性であり
イメージできた時点で
もう叶っているのだ
叶わない夢は
イメージすらできない
ただそこにある
ブロックをくずすゲームが楽しいだけだよ
ブロックは簡単
すぐに浮かんでくるから
ポッと浮かんだことを
当たり前フィルターをかけて処理して
見えなくしないで欲しい
それこそが大事
何をゲームにするか
私の問題でもあるけど
…新しいゲームの達成図が思い浮かばないのだ
浮かぶには
いろいろ情報を得たりすればいいと思う?
確かに
そのとおり
でも必死で
本屋にいって探したり
目をさらにして何かを調べたり
アンテナをギンギンに張らずとも!!
必要とあればちゃんと
そのとき目の前に出てくるさ
と思う
ので
夢がどうだ
目標がどうだというまえに
ビジョンを明確に描けるか
そこにワクワクできるか
それが何より大事っしょ?
昔は惑わされたよね
今もおかしいよ
この世は解説不足だよ
夢や目標をもてない人に
罪悪感や劣等感を持たせるようなことは
やめよう
全部理由があるし
夢も目標もただの「ゲーム」なんだから
ただロールプレイングとかシューティングとか激しいゲームをしないで庭造りみたいな穏やかなゲームして生きる人もいるし
それぞれなのだ
私は
今の仕事という「ゲーム」が楽しめなくなっちゃったから
次の「新しいゲーム」を探すよ
楽しい「家庭作り」と「子育て」というゲームを同時にしながらね!