もしかしたら
「こだわりの先」を見ると
自分が見えるのかなあ?
でもこだわりって
解放されていくものじゃないのかなあ?
でも
こだわりがあるからこそいろいろ感情をもって体験できるものだよねえ
逆を言うと
こだわりをもてないなら
やっていて
心地よいことや
気持ちよいことを
達成感があることを
特に持てないことは
人間として不幸なのかもしれない
大きな感動も
幸せも感じない
大きな感情の隆起がないものね
「人間だからこそ」
1番になりたいとか相対的な評価を求めるし
○○賞を受賞したいとか
金メダルとりたいとか
そういう勲章を求めることもあるってことだよね
勲章が欲しいか?
うーん?
いるか?
勲章自体を目標にすると
何もかも
変わってくるだろう
「自分自身が楽しい人生」より
形が大事な「他人の評価の世界」に突入だよ
でも、うちの子供が
何でも「いっちばーん!」といって
喜んでる姿をみて
思った
「全然、あさましくない」と
北島こうすけが
金メダルを目指す理由は?
どうせやるなら
一番でしょ?ってことだ
そこに
浅ましさとかは一切感じない
一番を目指して
何が悪い?
勲章をもらおうとおもって
何が悪い?
何も悪くない
自分自身で「こだわりのあるところ」「誇りを持っているところ」に関しては
勲章が欲しいこともあるのだ
どうせなら
やるとこまでやってるぜって証が欲しい、と。
それが人間
浅ましくはない
ただ
人間は「証」があると安心する生き物なのかも