封印してた子供時代の記憶 | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

もう忘れちゃったけど
なんかのきっかけで
もうひとつ大きなきづきがあった

問答してたら
いろいろ教えてもらって
そうそう!
そうそう!って


さっきのと関連しているのだけど

私は
自分自身が望まぬことをして、まわりに受け入れられた記憶が強いんだって


それも「確かに!」って
思った

何がきっかけでこれ出てきたんだっけ?


しっかしベンザブロック飲むと
本当に変性意識になりやすい

半寝だから朝も眠いんだけど
とことん聞きたいときにはいいのかも
ぐっすり寝ちゃわないからさ



で、思い出した記憶
生々しいから

かけない…


小説レベルだわ


まあ
私はしたくなかった
でも
それをすると友達になれた
受け入れられた
ってこと


まず保育園ではシール泥棒でしょー
小学校では…いえない
ある旅館の金持ちの娘が…○○してジャンプして
それをわたしにやれと、強要してきて
私はそれを変なことだとわかっていたけど
やらざるをえずでもやることで
友達になったような場の一体感を手に入れることになった

あと
小学校
これも言いにくい
でもぎりぎりだな
でもR指定だ。というほどエロくもないが、やっぱいえない。
クラスの女子だけが昼休みに男子を追い出して
あるゲームをすることがはやった
男子に見せられないゲームだ
でも
順番に、順番に、その順番はかならず全員の女子に回ってきた

そして私は最後から二番目だった
いずれやらなくてはいけないとわかっていたが
すごく嫌だった
待つ時間が長すぎて
嫌な気持ちもふくらんだ

でもやった

そしてクラス全体の空気に同調できたのだ
ぐおおお
抵抗と恐怖、でもそれを為した後の「これ(この条件)で、私は受け入れらている」という安堵感と…

なんだそりゃ
まるで親に性的虐待受けてる子供と一緒だな


あとは
中学時代の万引きね

もう目白押し


やりたくなかったのに
やることになり
やったことにより
周りに受け入れられた記憶が

強すぎるんだ



その結果
私は今でも「やりたくないこと」をしていないと
周りに受け入れてもらえている、という
実感を得られないのだ


めんどくっせー



いずれそのうちに
すべてをかこーっと

気味が悪いから
読みたい人もいるかも…(苦笑)


とにかく
それを思い出した昨日の夜は
「うわああああ、封印してた思い出がああ!」と
ちょっと
面白かった


順番があるねえ


人間は
周りと同調し
一体化することで安心する生き物だ

しかし
自分が自分であることに誇りを持てる
大人になれば

もうそれは不要

子供ってその点
それが難しい

周りに受け入れられないと
まず生きられないものね

私の子供時代
おもしろい