大きな気づき | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

今日の朝方
というか
夜中の3時くらいから

息子が咳き込み始めた

昼間
咳き込まなかったのに
飲み物飲ませてもなかなか止まらない
また
1分とせず
続く、続く。

この間は平気だったけど
なんか
またつらくなった

どうしてだろう

思い浮かぶ風景にフォーカスした

旦那が心配し
暗くなり、ぴりぴりし、神経質になる
私が息子を病院に連れて行く
点滴やレントゲン
息子は泣いて叫ぶがぐったり

私もその後で仕事でそのプレッシャーとかで
ぐったり

そのイメージがまずきた

過去の風景である

またあれを繰り返したくないという
その恐れが強くきた


だから思い返した
あんなことがあったけど
仕事にもいったし
息子も元気になったし

何があっても、ひどいことにならず何とかなる
やれることをやっただけ

旦那のぴりぴりは
自分自身の投影

そのときになれば何とかなるよ


ていうか
咳き込んで大変だったときは
昨日とくらべもんにならない状況だったんだけど
咳き込みから始まって、どんどん悪くなったから
それがトラウマなんだよね


まあ、それでとりあえず
過去の思い出をしっかり見つめて
再体験して確認した

それは終わり


そのあとも苦しい

ん?

あれ?
私の中の上の人に聞いてみよう


すると簡単に答えが…


「周りの人が苦しんでいるのに
自分だけ楽してはいけないと思い込んでいる」

だってさ

つまり
息子が咳で苦しんでいるのに
自分だけ苦しまないわけには行かないんだって
私はそう自分に制約してるそうだ

ぎゃーーー思い当たりすぎ

息子が苦しいんだから
私も苦い思い出を探して見つけて味わうことを選択する
うおおお

確かに…
旦那が、いつも誰か家族やら周りが苦しんでても
自分のことだけに熱中してると腹が立ったし
私自身も
家族が風邪引くと
「私も引かなきゃ」とは思わないけど
自分も引いたらなぜか「安心」してた

なんでか?って
負い目がなくなるから…ってなんじゃそれ?

「自分より大変な思いをしているひとがいるのに
自分だけ楽してたらいけない」からだ

と思い込んでたからだ!


母がいつも人の世話とか苦労を背負い込むのも
祖母がいつもひとのために 人の犠牲となり生きてきたのを見てきたせいだと思っていた
つまり
自分だけが身勝手して生きてはいけない、というような暗示だ

まあ、それはあるだろうが
彼女の問題でなく

私の問題だった


私も思っていた
父が苦労して仕事している
我慢して仕事している

私も同じくらい苦労しないと
認められない



全然
自分のことまだ信じてないじゃん…


つまり
他人の人生を切り離していたつもりでも
自分を守る防衛暗示によって
また
自分と一緒にしてたってわけだ


昨日あるきっかけから
なんでまだ
分離感があるんだろうとおもっていたんだけど
これの
伏線だったわけだね


私は人が大変そうだと自分も苦しまないといけないと思ってるわ
確かに
だんなが苦しそうな脇で
自分の趣味に熱中できない

息子が咳き込む脇で平和でいられない

それは
ただ相手を信じて気楽に
やれることをやるというより
自分にも同じくらいの苦しみを課していたから
苦しみを探し出すことをした

なんか
すごく昨日大事なものを見つけた


なんかすべてにおいて
腑に落ちた

と、ともに
息子の咳が止まった

お約束ですね