昔、仕事を一緒にしてた人が亡くなった
私はその人が好きだったけど
どこか引っかかることがあった
なんでだろうと
考えてみた
そしたら
まず印象に残るのは彼女の外見
私が新入社員でまだ彼女のパーソナリティを知らないとき
ある店で会った
そのとき、私は彼女にすごく悪い印象を持っていた
「妖怪」
そう思っていた
本当にすみません
でもね
頭部が体の割りにだいぶ大きくて
えらが張っていて
目がぎょろりとして
口も大きくてへの字で
猫背でガニまた
愛想もなくて
なんかイヤ
そう思ったんだ
それが16年前の印象
その印象を持ちながら
その5年後に一緒に仕事することになり
「なんだ、いい人だし、良く見ると妖怪みたいじゃないじゃん」と
気づくことになる
見方を変えると美人に見えなくもない
表情しだいでね
でも、本人は自分に妙に自信を持っていた
それが当時、私には不思議でもあった
「なぜ、この人はこんな危うい外見なのに自信満々なんだろう?」と
失礼続きですみませんね
でも正直に書く
彼女は肉体派の年上の旦那がいた
子供は二人
かわいい女の子と立派な男の子
結婚記念日は子供を置いて夫婦ディナー
夫婦仲もよさそうだった
でも
同時に年下の彼氏すらいたぞ
それも楽しそうだったね
とにかく
私には不幸なところは一切ない、と
アピールするような
そういう人で
自分の弱みとか、愚痴とかそういうのが
周りに対して出さない人だった
誰かに哀れまれたり
間違った選択をしたんだと思われたりすることを
嫌っているようにも見えた
そこまで、力が入っているわけじゃないんだろうけど
随所にそれを感じた
たとえば、誰かが彼女に相談しても「わかる~~そういうの!私もさー」という感じではない
まったく共感はなく「私はこうだけどね」と
あっさりと自分と重ねないでいる人だったように思う
彼女は
自分の人生は完璧だと
周りに思わせたかったのか?
それとも、自分がそう思っていたのが
ただ現れていたのか?
私は、
ちょっと腑に落ちなかったんだ
あの外見で
つっぱってて
なんで幸せアピール?
アピールしてたわけじゃないかもしれないけど
何かにつけて
一線置いていたような気もする
まあ10個くらい年上だもんね
それもあるのか?
でもいい人だった
楽しい人だった
私みたいにマイペースだった
最初に述べたように防衛的に
自分の人生を惨めに見られる要素を完璧に排除しようという「力み」が少しあったのが気になったくらいだ
今もでも
彼女を思い出すと
その「力み」を思いだす
常に、自分の人生は上々だ!という力み。
彼女の外見に関してのことは
私の中の過去のコンプレックスの問題で彼女の問題じゃない
むしろ彼女は自分を美人だと思っていたようだしそれでいいと
思う…
本人しだいだもんね
それって体験することを選ぶのは自分ということだよ本当に
で、
彼女を思い出したときに
このモヤモヤを解消して
彼女に祈りを捧げたいと思ったんだ
だからこそ
フォーカスした
見つけたのは
自分の過去のコンプレックスと
誰かに意見を挟ませないほどに自分を防衛する壁
自分の人生を最高とし、誰の意見も聞かない
壁
自分の考えこそ最良とし
誰の意見も聞きたくない
壁
それを見つけた
彼女は決して
パーソナリティに悪いところはない
私の問題だ
あ、今やっとクリアに
彼女を見れる気がする
なぜ壁を作ったのか
それは
経験がそうしたんだ
私もね
誰かの意見を聞いて生きるのが真っ平ごめんになるような印象的な出来事を「激しく嫌な思い」とともに体験したのさ
ああ
もう彼女に会えないんだなあ
10年前、彼女と一緒に楽しくすごしたほかの仲間たちを
みんな集めて
彼女を語る会を必ず実行する!!と決めた
私たちは私生活でも遊ぶほど、本当に仲がよかったんだ
みんなに会いたくなった
本当に大好きな仲間で毎日仕事行くのが楽しかった黄金時代の仲間だ
私が私のままで受け入れられた
楽しくしがらみなしでイキイキ過ごせた
みんなに会いたい
今書いたことは
本当にここだけの話だ