経験から感情を濾過する方法=つまり、経験を事象としてただ記憶に保存しなおす方法
(いい思い出にはしたくないことだね 笑)
ってのは
すごく単純で
ただ「まっすぐ」見つめて理解すること
なんだよね
ただ
そこで私は
どうしてそう思ったのか?
それを突き詰めるのみ。
かーんたーん
そして経験のなかに
「相手」がいた場合
相手はなぜそういう言動をとったのかを
解釈してみる
それでも相手を許せない場合は
そこで
また
もう一歩入るんだけど
相手をなぜ許せないのかという
その段階まで入る
自分と同じ人間で
彼らも
何かのその言動の「元」(対極の原因)を必ず持っている
そう行動させた何かね
大体は恐れ、防衛、だね
それを見つけると(想定できると)
なーんだ
私に関係ないことだったのだ
彼ら自身の中の葛藤の表現を”ただ観客として”見ただけだったのだ、と気づく
すると
相手はいたようでいなかったことに気づき
その相手から影響を受けた自分のナイーブさを
褒め称え
かわいがり、慈しむ
そして必要があれば
その相手からなぜ影響を受けることを許可したのかを見つめる
自分を責めることをなぜ許可したのかとか
そういうことを見つめ倒す!
そして
理解したとたんに
勝手に手放せる
「あーそういうことだったわけねー」と
すると
その経験をもう一度思い出したとき
印象がまるで変わる …はず
あくまで
私が実践できる方法だけど
本当に、誰でも 出来ることだよ
あ、
これは過去のことだけど
今でも同じ
経験した瞬間に処理するだけの違いだよ