一年前に多くの命が
この世を去った
私たちは大きくショックを受けた
しかし思ったのは
私は
なぜ
この震災が特別に扱われるのだろうということだ
もちろん
多くの人数の命が一気に失われたということ
それは認識できる
とてもとても悲しい
しかし
身の周りに日々おきていることと
どう違うのだろう?
産業にダメージとか抜いてね。
毎日、子供が虐待されて亡くなったり
池に落ちて亡くなったり
車がつっこんで亡くなったり
幼くして病気で亡くなったり
そういうことは毎日おきてる
あの災害の日の前日にどこかで
幼くして交通事故で亡くなった子がいたかもしれない
その子にささげる祈りと
あの災害で亡くなられた人たちへの祈りと
何が違うのだろう?
なんかわかっていることだと思っていたけど
わかってないみたい
毎日尊い命が失われていく
私には
その命も
この命も
同じに感じる
実際にそうなんだろう
命はいつでも尊い
大勢でも
少数でも
日本人でも
外国人でも
子供でも
大人でも
災害死でも
事故死でも
病死でも
同じように尊い
私は
さっき3.11災害による
失われた尊い命に黙祷した
でも
同時に
すべての尊い魂たちに
祈りを捧げたい気持ちになった
何も違わない
命は同じ
どこで死んでも
何が原因で死んでも
同じ命
私は何も特別にできない
ただ、きっと
それぞれに
祈りが届きやすい時間
祈りが届きやすい日
そういうのはあるんだろうから
今日という日付のあの時間の黙祷であの災害の被害者に
みなの気持ちはきっと届いたと思う