感覚を先に選ぶ | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

基本に立ち返るけど

私が私個人として感じていることがある


それは
私たちは「事象を起こすために生きている」のではなく
ただ「感じるために生きている」のだということ



つまり
何かで1番になる
一軒家に住む
結婚する
子供を5人作る
金持ちになる
長生きする

それは
ただの事柄であり
人によって感じるとが違うのは明らかだよね


一軒家なんていらんわって人もいるし
結婚なんてめんどくさい、って人も多い
子供なんて1人で十分って人も多いし
金持ちは問題もその分抱え込みやすいと思い込んで、望まない人も多い
長生きなんてもってのほかだ


つまり
人は事象を起こすとき
その瞬間にこうなるとこう感じる
というシュミレーションをして
感情を選択しているだけなのだ

そしてそれはあくまで
そのときの感情だ

子供が欲しいと思ったときには
子供と旦那に囲まれて
楽しい映像を想像しワクワクしているはず
「子供が欲しい!」そのとき思う

しかし1年後
実際に子供が生まれたそのひとは
旦那が家事を手伝わず
子育ても理解せずイライラ
子供も思ったより手のかかる子で
「こんなはずじゃなかった!」そう思うかもね

それはなぜか?

あくまで
そのときの感情ってこと

子供が欲しいわ♪って
思ったそのとき
その人がワクワクした気持ちは
その場のもの
いろんな想像して
楽しい自分を作り上げたのだ

そのワクワクは
未来のものではございません!!


そのときワクワクしているのは
そのときの気持ちだってこと

「子供を作ること」ってのはまた違う
ただの”そのとき”のワクワク感の
「きっかけ」
「トリガー」
「事象」


そう思う

もちろん
そんな風に人って目標を決めていくので
それが普通だと思うけどさ

でも
だからこそ
対象となる事象はコロコロ変わってしかるべきだと思うし
事象の方にフォーカスすると「こんなはずじゃなかった」になる


常にそのときそのときの
ワクワクがあることを選択しなおしていくといいなと思うのだ

でもブレないものも絶対あるとは思う
なんかワクワクってより
「そういうもの!!」って自分が思い込んでいるものっていうか
そういうのって
突き動かされるように実現していくよね

と、いうわけで
さっきの記事にあわせると
こういうバックボーンがある

「事象」でなく
「感じたこと」にフォーカスすると

感覚を先に選ぶことが出来ると思うんだ