デミ・ムーアが
リハビリで心神耗弱の治療を受けるんだって…
アシュトンと離婚したのが
やっぱりすごい大変だったんだなあ
人間同士の関係が壊れるときって
何でこんなにもダメージを受けるのか?
何が起きたか
ではなく
何を感じたのか
なのだが
デミは
何を感じたのだろう?
本人にしかわかんないけどさ
アシュトンと一緒にいたときに味わっていた
「その気持ちが味わえなくなる」という
そういう喪失感かなあ?
あとは?
浮気相手がいるとして
浮気相手よりも自分が
下に位置されたような
そういう「劣等感」?
「屈辱」?
推測だけどさ
彼女がつらいこと
それは彼とラブラブですごした時間を
「リアル」に再現できないことなのかもしれない
お互いがお互いにとって
かけがえなく
特別であり
尊敬しあう
相手が自分を尊敬してくれていると
きっと安心する
そして
その相手が
違う相手を選んだとき
自分の無価値感を感じるのかも?
恋愛って
ちょっとまた普通の人間関係と違うよね
オスメスが深く絡んでくるから
自分の価値を相手にゆだねてると
そうなりやすいのかな
自分を無価値に感じるのかな?
深く愛するとどうなのかしら?
でもさ
喪失感ってのは
あるだろうけどね
でも人間は
ただ感じる動物だ
きっとまたデミはすぐ元気になるだろうな
アシュトンがどう、でなしに
アシュトンがどう、ってことになると
事象にこだわる
ただの執着になるだろうし
アシュトンと一緒にセットなっている「記憶」を味わいたいだけだもんね
おもしろい
人間は
その人にこだわるのではなく
その人との記憶にこだわり
その人と一緒にいれば
またその記憶を再体験できると思い込む
でも
実際はまったく
ちがう
今は今でしかなく
記憶は記憶
ただの過去の一時点であり
今には関係ないのだ
親が死んだら
私はそう思えるかな
彼らと
もう一緒の空間を持たない喪失感で
悲しくはなるだろう
しばらく悲しみにズッポリはまるだろう
でも
ある時点にくると
彼らを思い出せばいつでも
きっとまたその気持ちになれる、って
そう切り替えて
生きていけるだろう
結局、空間へのこだわりであり
人へのこだわりでないのかもしれない
彼らと触れ合ったときに自分がどう感じていたか
それだけが残るのだから
それを間違って
「人」へのこだわりになってしまうと
ただの執着で
こまったもんだ、になるわけだ
ストーカーも同じ原理だろうなあ
「人」じゃない
「モノ」じゃない
私たちが求めているのは
「感じる気持ち」だけなのにね