私たちは
何もかも
当たり前になりすぎて
麻痺していることが多すぎる
最近
やっと本当の意味で気づいた
作った人のわからん野菜を
誰か知らない人が加工して
誰か知らない人が入れ物に入れて売る
そんなものを
「安全」だと
盲目的に
思い込んでる
ある意味
幸せだけど
この幸せは
ちゃんと見つめなくては
いつかきっと言うときが来る
「あの頃、よく私たち、あんな誰が作ったかわからないものばかりをたべていたよねえ!」と。
誰がどこで作った野菜を
誰が何を使って調理したかわかる
すごく
透明性のある生活が
きっともうすぐくる
そうしたら、
きっと
もっと感謝する
いろんなことに。
今まで安全だと思わせてくれた日本や
実際に安全な自然の恵みに
そして、それを育むすべてのエネルギーに。
感謝ばっかりだ。
これは
食べ物だけじゃない
大地もだ
大地に「住まわせてもらっていること」を
私たちは忘れている
いつまでも、恒久的にこの大地は人間がすめる環境だと
思い込んでいる。
だから家をバンバカ建てる
ビルもいらぬタワーも
安全なことを前提に生きている
地震がきても
震度はある程度までだと信じ
災害も予測可能だと思っている。
でも、突然、大地が崩れることだってあるだろう。
地割れや大洪水、一瞬で大勢の人間が死ぬかもしれない。
でも、私たちは、そんなこと
考えない
大地におきる災害のことは
自分たちにとっての被害だと思っている。
自分勝手に
住むことを決めて
勝手に安全だと思い込んで
大地に住居を構えたのは我々だ
もっと私たちは
自然や大地
地球を
尊重して
被害者でないことを思い出さなければいけない
大地も自然も
我々も
同じ
お互いが共存していく道は
絶対にある
思い出すことだ。
ネイティブアメリカンは今も
その心を失わずに
ずっと我々に
働きかけている
いまの私には
やっとわかる
その真意が。