たとえば
今すごく育てづらい子どもを持っていたとして
いつもお世話しながらに
「今、この苦労や困難を感じている」と
意識し
「だけどこの苦労や困難があるからこそ、報われるときがある」と
耐えて
前向きな思考を持つとする
それもいい
でも
苦労や困難が今、あることをしっかり受け止めてしまっている
根本的に
「え?これが苦労?困難?
皆そう思っていたの?私はすごくこの子育てを楽しんでいたのに~♪みんなはそう思っていたなんてしらなかった~」
という
「困難、苦労」の概念自体がないというか
そう思わない人のほうが
いろんな法則とかそういうものから解放されているので
幸せに条件がつかない
自分が自分の世界の法則を決めている
法則に縛られている人ほど
苦労しない子育てをしている人を見て
「この人は子育て以外のところで苦労があるのかも」とか
それで自分を納得させたり
そんなことしたりするんではないか?
そう思った
「法則」
自分が作るんだから
自分で作り変えることもできるはずだよね
みんなが
努力なし
代償無しで
幸せになれる
嫁姑問題とか子育ての問題とか
職場の問題とか夫婦の問題とか
世界中に共通する
そんなかたい
一般的などっこでもあるような問題が
すべての人にとって「問題」ではなくなったとき
…それって
すごい
素敵なことだーーーー
いいなあ
私自身がそうなると
世界もそうなるはずだ~~
あ
そういうことだよね
つまり問題を抱えた人を相手に仕事をしているひと
そういう人は
クライアントの持っている問題を自分自身の中に持っているということになる
集合意識も含めてね
カウンセラーとかそういう
職種ってやはり
すごい癒し手であり
自分自身が誰より癒されないと
いかん商売だねえ
そうでないと、自分がつらくなるから