モノや儀式の必要性 | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

最近
腑に落ちたことがある

ある本に書いてあった


何かをするにあたり
天使やマスターとかを召喚する必要はない
石や儀式に頼る必要も全く無く

すべて自分の中にもともと持っている、ということ


他者やモノを必要とするということは
もともとの自分自身の完全さを否定することにもなること


というようなことだけど

最近私が感じていたこと
そのもので
納得してしまった


私は最近、自分自身の
中に話しかける
漠然と…

誰かを指定するわけでもない

でも自分の中に
すべての天使やマスターや神様が存在すると思うので
「外部から呼び出す」っている感覚はちがうかなあ、と思っていた

水晶とかにしても
そうだな
ただのお友達みたいに持っているんだったら良いんだけど
何かの儀式に「必ず必要」ってのは
やっぱ変だなと思う


人間は人間であるだけでもすでに
「すべてを持っている」のであり
塩まいたり
火を灯したり
石並べたり
香りを焚いたりする必要って

…ないよね
あ、催眠的なものとかさ
そういうので必要なのは
また別なのかなあ?


でも
基本的には
無臭な部屋に
火も土も石も水も無く
いるのは自分だけ。

それだけでいいのでは?

もちろん
あっていいものもあると思うし
私は匂いが好きだから
匂いとかあってもいいと思う

ただ「それがないとダメ」ってことは
何も無いんじゃないか?

と思う

「身一つ」

それが基本だよね

ああ、すっきりした…
魔法の棒とかお守りとか
小物としてはきっと「素敵」だけど
実際は必要ないんだよねきっと

何かのヒーリングを起こすのに
あれやこれやと
モノを使ったり
マントラを唱えたりとか
そういうのって
もしかしたら
これから必要ないのかもね