輝き | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

このあいだ 
モデルのオーディション番組を見ていた

モデルも写真を撮られるとき
「自分自身」を表現するんだそうだ

結局
「どうあろう、どう見せよう」とするのではなく
自分自身の今までの経験を思い出したり
自分の本質を表現したときに
いい写真に仕上がるという


当たり前のことだけど

「あ、みんな同じか」と思った

表現者は
歌だろうがモデルだろうが
絵だろうが小説だろうが

「嘘っぽい」作り上げたものではなく
その人の「本質」が輝いて表現されたときに
見る人を感動させたり
ハッとさせる


気取りとか
作為とか
恐れとか
そういうものは
輝きを損ねる要因になる


結局、そのものの自分が
みなすばらしいということだ

それを
表現するのは
自分を受け入れていないとできない

自分に自信の無い人も
たまに輝くときがある
けれども安定しない
すぐ精神的にゆらぐとだめになっちゃう

そして
性格がどんなに悪いモデルでも
輝く
当たり前だけど
魂の輝きは完璧だ
「本質」としては完璧じゃないかもしれないけれど
アンバランスながら、個性的ですばらしい

性格はあんまり関係ない

自分の輝きを外に放出できるほどに
恐れの殻が厚くないこと
自分を許して受け入れていることが
大事なことなんだな、と思う

自分の内側の輝きをそのまま放てるほどに
外側の自分が
キレイな透明ボディになった瞬間
っていうか

身体感覚の意識が
フラットな状態になり
導管として
内側の輝きを外に伝えられるとき
そういうふうになるんだと思った

あ、でも輝きのもとは魂100%じゃないけどね
結局人間としての持つ感情とか
そういうものをありのままに表現することで
人間としての心に響くものだよね

「ライ麦畑でつかまえて」
があんなに人気であるのは…
主人公の姿がありのままで描かれ
そのシュールな表現の部分部分が
読む人の心に響くからだ

覚書