目標を持つこと | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

最近
この世には「無理する」っていう行為自体が
実は必要ないと気付いた


自分に無いものを外に求めたり
自分に 今できないことや
そうあるべきと定義されてることに
自分を合わせて苦しんだり


そんな必要が
いっさいない

そう思った


私は
「目標をもつ」ってことが昔から苦手だった

目標を持つということは
今の「不足」をまざまざと認識することになり

そのままではダメだ と
自分で自分を強迫しているような印象で…

「目標を持つ」

って本当にいや~な感じだな、と思っていた

分離を感じずにはいられない

目標とは
遠くにあるもの
自分の外にあるもの

そういうふうな印象だ


今も「目標をもて」と言われると
「ん~…」って感じかな



そもそも
それは私のフィルターを通した「目標を持つ」ということであるので
その言葉にな~んにも感じなかったり
自分の不足を感じることなく目標に向かえる人もいるんだろうな


「目標を持て=あなたはそのままではダメ」
と、私の中では変換される

だから
私は目標を持たないでここまできた

でも
それはそれでいい、と思える


体重だって目標を持たないけど
太らないぞっ

貯金だってないけど
別に困ってないぞっ


目標、でなしに
どんな風になったら
何を食べたら
何を着たら
わくわくする?とか
何の行為をしたら
楽しいかな?
とか

家族全員でハワイに3ヶ月間住む!とか
そういう目標は好きです

目標ってより
夢だよね(笑)


だから見るところ
目線が大切だよね


子どものとき「ペットショップの人になりたい」って思うときには
自分に不足を感じなかった

ホントに
そうなったら楽しいな、と思うことに対しては
目標という名前がついても嫌じゃないのかもね

私は他人の考えを目標にしてきたのかもしれないな~