最近
この世には「無理する」っていう行為自体が
実は必要ないと気付いた
自分に無いものを外に求めたり
自分に 今できないことや
そうあるべきと定義されてることに
自分を合わせて苦しんだり
そんな必要が
いっさいない
そう思った
私は
「目標をもつ」ってことが昔から苦手だった
目標を持つということは
今の「不足」をまざまざと認識することになり
そのままではダメだ と
自分で自分を強迫しているような印象で…
「目標を持つ」
って本当にいや~な感じだな、と思っていた
分離を感じずにはいられない
目標とは
遠くにあるもの
自分の外にあるもの
そういうふうな印象だ
今も「目標をもて」と言われると
「ん~…」って感じかな
そもそも
それは私のフィルターを通した「目標を持つ」ということであるので
その言葉にな~んにも感じなかったり
自分の不足を感じることなく目標に向かえる人もいるんだろうな
「目標を持て=あなたはそのままではダメ」
と、私の中では変換される
だから
私は目標を持たないでここまできた
でも
それはそれでいい、と思える
体重だって目標を持たないけど
太らないぞっ
貯金だってないけど
別に困ってないぞっ
目標、でなしに
どんな風になったら
何を食べたら
何を着たら
わくわくする?とか
何の行為をしたら
楽しいかな?
とか
家族全員でハワイに3ヶ月間住む!とか
そういう目標は好きです
目標ってより
夢だよね(笑)
だから見るところ
目線が大切だよね
子どものとき「ペットショップの人になりたい」って思うときには
自分に不足を感じなかった
ホントに
そうなったら楽しいな、と思うことに対しては
目標という名前がついても嫌じゃないのかもね
私は他人の考えを目標にしてきたのかもしれないな~