『あの世に聞いた、この世の仕組み』というブログを読んでいたとき
そのなかの一部で
「私って ~~~~を苦悩として捉えてしまう思考回路が問題なんだよね。」
というところに当てはめて自分の問題点を探すものがあった
それを見た瞬間に
ホイッと当てはまる言葉が浮かんだ
「人との関わり」だった![]()
え~…
これって永遠に変わらないのかな~
最大にリラックスをした状態で他人の前にいるってことが私にはできないのかもしれないな
それがかんたんにできる人をだんなに持っているのに
仕事も「接客業」だし・・・
一般的な感じで素敵な友達もいるし結婚もしてるし、後輩にもついてこられるし
管理職をしてチームを8年まとめていたし
基本的に中学以降は、新しい環境に入ってからす~ぐ友達作るの得意だったし
他人とはじめて会っても全然人見知りしないし、むしろ会話を弾ませるのも得意だし
アルバイトも全部接客選んでたし…
知らない大勢の中で即興で「司会して」って言われてもきっと怖気づかない私だけど・・・
そんな私だけど
まだまだ分離感が抜けないのか
人が苦手なんだな、と
いや、もちろん友達と遊んでるのは楽しい
最高に面白い
楽しいのは間違いない
でも
楽しいんだけど
いつも完璧なリラックスはそこにはないんだな、と
誰でももしかしたらそうなのかもしれないけど
ともだちはいいとして
やっぱ、義理の家族とかと会うのも
「平気」と思っていたけど
意外と「苦痛」なのかも。。。
だってさ~
ふっと一瞬で考えるまもなく「人との関わり」って頭に出てくるんだもん…
これって一生の課題なような気が…
分離感がでてくると
こういう風に思うのかもね
一進一退
それでも少し進んでるような…
でも
やっぱ
魂レベルで言うとみんなが私自身だ、といつも思うことが出来たなら
この気持ちはない、と思う
または、身体感覚意識のレベルで言うなら
自分は自分でしかなく
外部は外部、と軸を自分にしっかり据えることができるようになれればな
ここで開き直って
「えーい!人間なんて嫌いだ~」
ってのは「自分が嫌いだ~!」ってのと同義語なので…よろしくないですね
まず自分を
ごまかさず、惑わされず、しっかり見つめて認めて
きれいごとばっかり並べないことだよね
(やっぱ、まださ、「人間なんて嫌いだ」って思った瞬間に
すぐ人間としての特性の嫌な部分がすごく頭に浮かぶもんね・・・エゴの表現や恐れからくる価値観の押し付けとか・・・こりゃだめだ。みんな私にある部分ってことだもんね結局は)
自分好き=人間好き
だと思うので…これがやはり課題だね
私は自分に関心は高いけど、自分好きってより…
自分から一回はなれちゃってるからな~それで自分を外から見ちゃってる癖があるからな~
まず中に常にいるようにしなくては
やっぱ付け焼刃ではクリアリングは進まないか?
少しずつがんばろ…
人間好きのほうがきっと楽しいはず