現時点で自分に欠けてる物は何もなく完璧と思うこと
これがひっかかったから(とってもそうだとは思えないので)
考察してみようと思う。
将来に目標をもったり夢をはせれば
自然と今が完璧な状態でなく、ただのゴールに向かっての「過程での一通過点」のように認識する
しかしそれはたしかにあらゆる意味で、論理的に合わない。
満たされない状態がある、ということになるから。
飢えて渇望してる状態って、精神的によくないしね
ガッツがでるとしてもそれはガッツがなくても力を抜けばうまくいくわけだから
飢餓感はマイナスの思考を生むわけだから、よくない。
たとえば、うまく行ってる他人に対する妬み、うまくできない自分に対する劣等感、とか
今は今でしかなく
今の自分に足りないところは全くなく完璧、今に感謝、皆さんに感謝、といつでも思えることで初めて
本当の目で外の風景を見れるのかな。
だとしたら
考え方としたら
目標を未来に持つというよりは・・・・
「現時点でどうあるか、どういう気持ちでいるか」なのかな
私の中では今の自分の時点から未来(前)に向けて、虹をかけるように遠くへ目標という思いをはせていたけど
そのイメージでは、結構自分が無理やり感に苦しめられてしまって、
思考を続けにくくなるんだな。
だんだんわかってきたぞ
つまり、
未来という「先の点」を見るという感覚でなく
今の心がいかに満たされているかということを見る
座標の中心点ではなく
座標全体に広がるおおきな意識を自分として認識するってことか
えーと
未来も過去も
自分の今にあるということだね
さらに言えば
「過去・現在・未来」なんて区分けは実際は存在しないんだ
これが一番大きい
このことでやっとストンと胸に落ちる!!
えーと
心配したり
予測したり
そういうことは
全てを限定してくるんだ
わかってきた
では
今を生きること
私はいつも将来や未来や、訪れるだろう状況に備えてシュミレーションしながら生きてきた。
備えあれば、こんな私でも失敗しないだろう、恥をかかないだろう、と。
だから今を純粋に味わう感覚が弱いんだろうな
それで、すぐ未来の心配を先回りして
「失敗しないように」
「失望するようなことが起こらないように」
とかそういうことを軸に準備良く生活してきた
それが
あまり、よろしくないんだ
やっとわかってきた
じゃあ今を「今」という言葉で表現することを1回やめよう
あ、でも変える言葉が無い…
じゃあ、やっぱり「今」か
今を最高と捉えながら感謝して生きる。
それでも望むような、喜びがあって心配が無い人生がついてくるか
(この考え方自体が座標のの上だけどね)
それは
これからのお楽しみなんだね…ちょっとこわいな。
身を任せるって
最終的にはその「恐れ」をなくせということか。