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わたしは海を歩いていた。
遠くに島が見える。たぶん江ノ島だろう。
昼間、気温が36度まで上がった。
雲ひとつない晴天だった。
小町通りは、太陽にギラギラと熱されて、たくさんの通行人に踏まれ、コンクリートが溶け出してしまいそうだった。暑い夏の日だった。
でも夕方になるにつれて、雲がだんだんと増えて、ついには、今にも雨が降り出しそうな曇り空になった。灰色の雲が重くわたしに乗りかかった。
ビーサンからたくさん砂が入ってきて、歩くたびじゃりじゃりして気持ちが悪かった。
わたしは海を歩いていた。黙って、あるいていた。
日が隠れても、海岸は海水浴に来た人で溢れていた。海岸に特設されたライブハウスから、歓声が漏れていた。わたしの知らないアイドルがライブをしていた。
ライフセーバーの研修生が、浅瀬で練習に励んでいた。
隣で誰かの声がして、わたしは、聞こえない振りをした。
鎌倉に繋がる道路まで歩いてきた。
海岸の屋台はだいぶ減って、閑散としてきた。
もう歩けないぐらいに、ひどく疲れたのに、ちっとも楽しくないのに、わたしはひたすらに海を歩き続けた。
そろそろ、鎌倉駅に戻ろう。
砂浜は、歩きづらい。
歩道を引き返そう。
後ろを振り返ると、賑わいがずいぶん遠くに見えた。
歩道を濡らした、わたしのビーサンの跡が、暑さですぐに消えた。ひどくさみしい気持ちになった。江ノ島に隠れて、陽が落ちるのが見えた。
向こう側の空がにわかにオレンジ色に染まっていた。
わたしは海を歩いていた。
もう戻れない道を引き返しながら、わたしは迷子になった気持ちで、海を歩いてきた。