書留小包
人生で
一番高価な預かり物を
任された27歳のわたしは
できる限り
さりげない表情と態度で
タクシーを拾い
独身寮へと帰りました。
「さて、これからどうしよう。」
差し当たって
彼女の転居先を調べなければ
なりません。
仕事の合間に調べなければ
ならないので
時間がかかるかもしれません。
その間何処に保管すべきか
迷いました。
寮は水場を共用する
相室構造だった上
わたしはしばしば
部屋を空けています。
そんな場所に置いておくのは
心配すぎました。
色々考えて
銀行の貸金庫を
利用することにしました。
我ながら名案だったと
思います。
取引銀行での
何やら煩雑な手続きと
審査を経てようやく
貸金庫の契約に漕ぎ着けました。
利用料の具体的な金額は
覚えていませんが
当時のわたしにとって
決して安い額ではなかったように
記憶しています。
「急いで探さないと利用料が嵩む」
キャッシーなわたしの
モチベーションを上げるのは
意外と簡単でした(笑)
最初は
彼女が所属していた
皮膚科で聞けば
すぐに判明するだろうと
たかを括っていました。
ところが
転居先探しは
その後難航を極めました。
彼女は入職してから
1年未満で退職したため
医局には親しい職員がいません。
病棟や外来も同様でした。
検査科や放射線科にも
捜索範囲を拡大してみましたが
やはり
彼女の転居先を知っている職員は
誰一人いませんでした。
わたしは仕方なく
病院の事務局に
問い合わせることにしました。
別棟にある事務局へ初めて出向き
「部屋に残っている私物を
送りたいので、
転居先を教えて欲しい」と
恐る々る
嘘の申し出をしてみました。
すると!
いとも簡単に
信じてくれて
住所と電話番号を
教えてくれたのです。
さすがは昭和。
個人情報などという言葉は
存在しません。
こんな事なら
最初から事務局に
問い合わせればよかった。
いささか拍子抜けの感は
否めませんでしたが
とにかくわたしは
貸金庫から預かり物を出して
荷造りをし
郵便局から〝書留小包〟を
発送したのです。
予め彼女に電話をするかどうか
迷いましたが
事情が事情だけに
受け取り拒否の懸念が
拭えきれませんでした。
考えた末
電話はしないことにしました。
発送後
書留の控えを受け取った時は
心からホッとして
「肩の荷が降りる」という言葉を
リアルに体感したことを
覚えています。
ところが、、、。
事はそう簡単には
運ばなかったのです。